リボンに触らないで!
「いいでしょここ。体育館はバスケ部が使ってるけど、ほとんど。ていうか滅多に誰も体育館裏になんて来ないのよ。ちょっとバスケの音がうるさいけど、その音のおかげでここで出した音全部消えちゃうんだあー。ねえ、たかしちゃん?」
先頭を歩かされていた私が名前を呼ばれて振り向くと、日向さんの足が私のお腹に向かって飛んできた。
あまりにも突然の出来事に私はそのまま思い切りお腹を蹴られてしまった。
運動神経がいい人なら避けることが出来るのだろうか、なんてことも考えられないくらいに激痛がお腹に走る。
ドシャリ。
昨日の昼から今朝方まで降っていた雨の影響で、足元には大きな水溜まりが出来ていた。
私が泥水に中に蹴落とされたんだとわかったのは、蹴られてしばらくしてからだった。
「ごっほ。ごっはっ」
お腹を蹴られた衝撃で咳が出る。立ち上がる事ができない。
お腹が痛い。うううっ。
「うっせーなあ。お腹蹴られたくらいでそんな痛そうにすんなよ」
見ると四人はカッパを着て、靴を脱いで素足になっていた。
「あー。なに、その目は? カッパ着ないと私たちの制服が汚れるでしょ。靴だって脱がないとずぶずぶになっちゃうし」
「っはー。つめた」
「チャチャッとしないと風邪ひいちゃうかもね。吉良みたいにインフルになっちゃったらどうしよーう」
「じゃあさ、とりあえず……」
日向さんが、立ち上がれない私のところまで歩いてきて私のリボンを掴んだ。
「やめてっ」
リボンに触らないで!
と最後までいう間もなく、目の前は突然真っ暗闇になった。息もできない。私は泥水に顔を沈められた。
やめて、手を離して、死んじゃう。
息ができなくなって焦って息を吸ってしまって気管に泥水が入ってくる。私の体は水を吐き出そうと咳をする。咳をして酸素が足りなくなって、空気を吸うためにまた息をする。けれど、水の中ではどうしようもなく、同じことの繰り返しが起こった。
「がはっ。ば、ががっ」
「あっははは、メアリちゃんそれ以上やったら死んじゃうよ」
「っとそうだったー」
私のリボンを押さえつけていた手がどこかへ行き、慌てて顔を上げる。咳き込みながらも、ゆっくりと深呼吸をした。喉の奥に水があるのを感じて何度も咳き込んだ。
「ねえどお? 水飲んだ」
わからない。今自分に起きていることがいじめなのかどうかも理解できない。
制服は泥水でびしょ濡れで、顔も泥だらけで、びしょ濡れで。私はいま何をしているのだろう。
「ねえ、無視? 聞こえなかったかな? もっかいしてあげようか」
日向さんの手がリボンにかかろうとする。
「の、のみました。から、やめて。リボンには触らないで」
「そんなに大事なの? まあいいよ、じゃあ今はやめたげ……るっ!」
またお腹を蹴られた。
大きく振りかぶった足はおへその上あたりに入り込んだ。
痛い。
走って逃げたくても、お腹が痛すぎて立つこともできない。ちょっとお腹の痛みはマシになってきたと思っていたのに、また蹴られて痛い。
「お借りするねー。ちょっときい靴脱がせて」
私の足を持つと履いていた靴をすぽっと脱がせた。
「はいメアリちゃん」
「んー、二つはいらないかな。一個どっかに投げ捨てといて」
「はーい」
「でー、こっちの靴はー。ねえ、もう水に顔つけられるの嫌でしょ」
うまく声が出せない私は大きく縦に頭を振った。
「でもなあ、私はやりたいんだよなあ。だからさ、代わりになる事してよ。ほら、全部飲んで」
日向さんは私の靴で泥水を掬って私に差し出してきた。
「こぼしちゃダメだよ。それとももっかいアレやる?」
「い、いや。帰らせて、ください」
「帰りたいんだよね? なら飲まないとね?」




