俺の天下が来た!
朝、七時四十五分。待ち合わせの交差点。きらなちゃんはまだ来ない。
「また寝坊かなあ……」
あんまり待っていると学校に遅れちゃうから長くは待っていられない。
でも、今日は心細くない。きらなちゃんが、私の友達だって胸を張って言えるから。そういえば、朝きらなちゃんを待っている時に阿瀬君を見かけたことがないけれど、阿瀬君はもっと早くにお家を出てるのかな。
赤いベルトの腕時計を見ながらきらなちゃんを待つ。くるくると秒針が周り、その動きに合わせて分針も動く。
「もうそろそろ遅刻しちゃうから行ったほうがいいかな。きらなちゃん、ごめんね」
私は学校に向かって歩き始めた。
何事もなく教室に着いた。もちろんきらなちゃんはいなかった。ここちゃんと阿瀬君もいなかった。二人は多分鬼ごっこだと思う。
「おっ、たかしおはよう」
「あ、うん。おは……」
阿瀬君が走って通り過ぎて行った。通り過ぎるのが早くて上手く返事できなかった。
自分の席について、一時間目の社会の準備をする。相変わらず机の中は砂だらけで何にも使えないし、不便だけど、慣れれば平気だった。
『キーンコーンカーンコーン』
時間が経つのを待っているとチャイムが鳴って雲藤先生が入ってきた。
「おーす、じゃあ出席取るぞー。阿瀬―」
「はーい」
雲藤先生が名簿順に名前をよんで、呼ばれた生徒は返事をしていく。
「えー、高橋」
「はい」
最後に私の名前を読んで、出席が取り終わる。私は返事するのが苦手でとても小さい声でいつも返事をしている。多分、先生には聞こえていると思う。
きらなちゃん、まだ来ないなあ。まだ寝てるのかなあ。
きらなちゃんの席はぽかんと空いていて、とても寂しい感じだった。
「それから、えーっと、吉良はインフルエンザだそうだ。インフルエンザの季節はもう過ぎたからって油断してると吉良みたいに罹るからな。それに今日も曇り空で五月とはいえまだまだ寒いからな、お前たちも気をつけろよ」
雲藤先生のその言葉に私の中の世界の時間が止まったような気がした。まだ先生の言ったことが頭で理解できない。
なに?
インフルエンザって言った?
「じゃ、次の授業頑張れよ」
それでも世界は私を置いてどんどんと進んでいく。きらなちゃんの休みが珍しいのか、教室内がガヤガヤと少しざわついた。
「遅刻は多いけど風邪って珍しいね」
教室のどこかから女の子の話し声が聞こえてくる。
「私小学校からずっと同じクラスだけど、学校休むの小学校四年生以来じゃないかな」
盗み聞きをするつもりではなかったけれど、きらなちゃんのことだから耳に入ってきてしまった。申し訳ないと思いつつも、そうなんだと一人で納得した。
大丈夫かな、きらなちゃん。
「せんせー。綺羅名っていつから学校来れんの?」
阿瀬君が一番前の席で手を上げた。
「んー、インフルエンザだからなー。多分来週の月曜辺りには来れるんじゃないか」
先生が答えると、阿瀬君は立ち上がって今度は拳を突き上げた。椅子がガタリと音を立てる。
「よっしゃー! 俺の天下が来た!」
一瞬、教室が静まり返って、その後笑いが巻き起こった。私も一緒になって笑った。
「どうせ一週間だけの天下だろー」
「何言ってんだ、一週間もいないんだぞ。あの口うるさい声を聞かないで済むと思ったら……。泣けてくるわ」
「寂しいだけだろそれ」
「そうだそうだー」
「んなわけねえだろ。関わらなくて済むんだぞ。これで俺も安心して眠れるぜ……」
「あー阿瀬。喜んでるところ悪いけど、吉良にプリントは届けてくれよ。家隣だろ」
阿瀬君の体の中からガラスの割れるような音が聞こえた気がした。
その音に合わせて阿瀬君は項垂れるように椅子に座り込んだ。
「まあ、吉良はインフルエンザだから直接は会わないようにな……」




