真っ暗になっちゃうよ?
「たかし先輩って呼んでいいですか?」
「あ、僕も、いいですか?」
生下くんと宇野くんが私に聞いた。だから「いいよ」って答えた。
「え、それなら私、たかしちゃん先輩って呼びたいです」
そ、それはなんだか恥ずかしいなあ。と思っていると、生下くんも、宇野くんも、やっぱりそっちがいいって言い出した。
「たかしちゃん先輩! いいでしょ? いいでしょ? ね?」
「う、うん」
私は折れて、そう呼ばれることにした。ちょっと恥ずかしいけれど、実は嬉しかったりもした。
「私のことはぜひアールって下の名前で呼んでください。綺羅名先輩もそうしてくれますし」
「うんうん、俺も日々人でいいっす」
「僕も、宙で」
「え、ええっと……」
あ、アールちゃんは下の名前で呼んでもいいけれど、生下くんや宇野くんを下の名前で呼ぶのはとても恥ずかしい。でもせっかくだから……。天のことは天って呼べるんだもん、他の男の子だって、名前で呼べるはず。
「ひびと君、そら君、あーるちゃん」
頑張った。頑張って、みんなの名前を読んでみた。
「はっ、すごい。なんか、わかんないけど。多分。すっげえ可愛い」
「わかる、なんかキュンてきた」
「私も、女だけど、すごい好きになったかも」
「たかしちゃん先輩!」
三人が声を揃えて大きな声で言った。とても嬉しくて。「はい」と素直に返事をした。
「なんだなんだ? どうしたでかい声出して」
教室の隅で寝ていた、多分顧問の先生が椅子から起き上がって私たちの座っている机の方にふらふらと近づいてきた。肩幅が広くて筋肉がすごくて、ぱっと見運動部の顧問の先生、ラグビーとかの顧問の先生かと思った。
「お、みない顔だな。新入部員か?」
先生が私の顔に近づいてジロリと見る。怖い、怖い怖い。私は咄嗟に目を逸らしてしまう。
「あ、メガネメガネ」
ふらふらとさっき座って眠っていた場所に行くと、隣に置いてあった机の上からメガネを取って顔にかけた。またふらふらと私の方に近づいてくる。もう怖い。きらなちゃん。
「なんだ、女の子じゃないか」
「それも見えてなかったの? 細谷先生はメガネ外さないほうがいいよ。あのね、本入部は月曜日からなんだけど、今日は体験入部にきた高橋たかしちゃん。私と同じ二年A組よ」
「そうかそうか。よろしくな高橋。先生は特に星に詳しくはないんだけど、でも色々勉強はしてるから、何か聞きたいことがあったら聞いてくれな」
「は、はい」
さっきはすごく怖かったけど、喋った感じ、そこまで怖くなさそうな先生だなって思った。すごい怖い先生とかじゃなくてよかった。
「ていうかなんで吉良は体操服なんだ?」
先生が綺羅名ちゃん服装に気がついた。
「あ、それ俺も気になってたっす!」
「僕も実は気になってました」
「私も!」
日々人くんたちが綺羅名ちゃんにきらきらとした眼差しを向けた。
「さっきサッカー部の入部体験してきたのよ。で、着替えるのが面倒だったからこのまま来たってわけ。おっけー?」
「なんだ、サッカー部に入るのか?」
え、きらなちゃんサッカー部に入っちゃうの?
「綺羅名先輩天文部やめちゃうんすか?」
「そんなわけないでしょ、ただの入部体験よ。わたしはずっと天文部よ」
よかった。きらなちゃんとは一緒に天文部がいい。
「そんなことよりせんせー、電気消していい?」
「おー、いいけど、部長たちにも許可を得ないとな」
きらなちゃんは部長さんたちに聞きにいった。二人とも、消してもいいと言うことだった。きらなちゃんはその足で、窓にあったおもたそうな赤いカーテンを閉め切った。部室のドアの小さな窓にもカーテンがついていて、それもピシャッと閉めた。
なになに、電気消すってきらなちゃん言ったよね。
真っ暗になっちゃうよ?
「よーし、準備万端! さ、先生電気消して」
きらなちゃんは私の隣に座って手を繋いでくれた。ちょっと不安が和らいだ。
「なんだ、吉良が消すんじゃなかったのか」
「私はたかしちゃんの手を握るっている大役があるからね。ほら消して消して」
きらなちゃんはぎゅっと、手を握ってくれた。私もぎゅっと握り返した。
「はいはい。じゃ、消すぞー」
ぱちっと言う音と共に、教室の電気が全部消えた。
「たかしちゃん、上見て」
きらなちゃんに言われるがまま、私は上を向いた。そこには星空が広がっていた。
「うわあ、綺麗。すごい、星空だ」
「でしょ。昔の天文部が作ったんだって。ただ天井に光る塗料で描いただけの星空だけど。私はこの星空も好きなんだ」
「綺羅名先輩はほんと好きですよね、いっつも電気消しますし」
「いいでしょ、人工的で星座なんてひとつもないけど綺麗で好きなのよ」
「きらなちゃん、天文部、すごい」
「でしょ、また来週から活動が始まるから、一緒に楽しもうね」
「うん」
私はきらなちゃんと手を繋いだまま、教室の中の星空を眺めた。夏休み、本当の星空をきらなちゃんと見れるんだ。楽しみすぎて、体がキュってなった。
「そろそろ電気つけるぞー」
多分、三十分くらい眺めていたと思う。綺麗すぎて、あっという間に時間が経ってしまった。
眩しい。ずっと暗い中にいたから、急に明るい蛍光灯の光が目に刺さる。
「ふー、綺麗だったでしょ? 本当はもっと早くに言いたかったんだけど、サプライズにしようと思って、ずっと黙ってたの。びっくりした?」
「うん、びっくりしたよ、すごいびっくりした。すごい綺麗だった」
「よしよし、大成功だねこれは! またいつでも見れるから、いつでも電気消していいからね」
「おい吉良、いつでもじゃないぞ、ちゃんとみんなの許可をもらってからだ」
きらなちゃんは先生にちくりと怒られた。
「はーい。ちゃんと許可取ってからにしまーす。って、今何時?」
私は教室の、部長たちが座っているステージの上についている時計を見た。
時刻は五時二十八分。もう後三十分ほどで完全下校の時間だった。




