表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
たかしちゃん  作者: 溝端翔
プロローグ
6/163

私の名前は変だから

 二人で先生にお礼を言って保健室を後にした私たちは、いつものかかりつけの病院に向かった。


「本当にしんどくない? 大丈夫?」

「大丈夫、ちょっとお腹痛いだけだから」


 お母さんに何度も心配されながら到着した病院の駐車場に車は一台も停まっていなかった。


「あれ? あ、今日は午後の診療やってないみたい」

「ええ、平賀さんやってないの?」

「どこか別の病院行かないとダメね」

「ええー」


 初めて行く病院というのが私は苦手だった。


 病院だけじゃなく、何かフルネームを書いて提出するところが嫌いだ。私の名前は変だから


「名前に間違いはありませんか?」


 とか絶対に聞かれる。


 普通の名前の人はそんなことにならずに済むんだろうな。嫌だなあなんて考えずに行けるんだろうな。いつもの平賀さんなら慣れてるからもう名前のことなんて言われないのに。平賀さんが良かった。


 せっかく今年はやらなくてすんだと思っていたのに、これじゃあ結局病院で自己紹介をするようなものだ。


 だいぶマシになってきていた気分がまた悪くなって来た気がする。どんより考え込んでいたら、もう新しい病院に着いてしまった。駐車場には他の車が二台停まっていた。


「え、ここが病院なの?」


 少し大きな二階建ての一軒家みたいなところだった。外からの見た目ではあんまり病院って感じはしなかった。看板がなかったら病院ってわからない。


 お母さんの後ろについて自動ドアを抜けると、受付の女の人は忙しそうにしていた。右手にある靴箱には、まばらに靴が入っている。深緑のスリッパは所々破れていて少しオンボロだった。外観はあんなに綺麗なのに。


「こんにちは。今日はどうされました?」

「あ、私じゃなくて娘なんですけど……」


 受付はお母さんに任せて、私はお母さんの後ろに隠れるようにしてちらちらと左に広がる広い待合室の方を見た。窓から入ってくる太陽の光の中、自分の名前が呼ばれるのを待っているのだろう、いろんな年代の人たちが壁際に置かれた椅子に座って天井からかけられたテレビを見たり、ぼーっとしたりしている。


 一つだけ空いていた長椅子は、なんだか変な形をしている。赤と青と白のストライプで、左端だけにょっと絞ったみたいになっている。

 ああ、そうだ、歯磨き粉みたいな椅子だ。

 なんだか座るのに抵抗がある。お尻がべちゃっとしそうだなあと思いながらそうっと腰掛けると、意外とふかっとしてて座り心地が良かった。


「たかしちゃん、これ書ける? お母さんが書こうか?」

「大丈夫、自分で書ける」


 お母さんが持って来てくれた体温計を脇に挟んで、問診票とにらめっこする。


 やだなあ。


 やっぱり名前書かないといけない。

 そもそもなんで診察に名前なんか必要なんだろう。ただ具合の悪いところを見てくれればいいだけなのに。


 私は一息つくと、渋々書き込みに取り掛かった。


 名前:高橋たかし


 ふりがな:たかはしたかし


 性別:女


 生まれ:一九八八年三月四日


 年齢:十三歳


 住所:東京都八王子市一美2−2


 症状:頭とお腹が痛くてちょっと吐きそう。


 ピピピと体温計がなった。三十六度九分。熱はだいぶ下がっていた。


「書けたから持って行ってくるね」と小声でお母さんに言うと「うん、気をつけてね」とお母さんもひそひそ声で返してきた。目の前の受付に行ってくるだけなのに。私はお母さんほどどじじゃないのになあ。


「えっと、書けました。これ、体温計です」

「はい、こちらで預かりますね」


 受付の女の人に問診票と体温計を渡して、お母さんの隣に戻る。

 さっきも思ってたけど、この椅子に座っているとミントの匂いがする。でも多分絶対気のせいだ。私が歯磨き粉みたいって思ってるからそんな気がするんだ。


「ねえ、これどういうことだと思う?」

「たかしって書いてあるけど?」

「あの子が持って来たのよ」

「どの子どの子?」


 受付の女の人たちのひそひそ話しが聞こえてきた。


 私のことだ。


 私のことを話している。


 やっぱり。どうせこうなるんじゃないかって思ってた。あの人たちは私には聞こえてないと思っているんだろうか。


「間違ってるんじゃない? 女じゃなくて男じゃない?」


 間違ってない。私は女の子だ。男の子じゃない。


「たかしが間違ってるのかも、たかことかじゃない?」


 あってる。私はたかしだ。自分の名前を間違えるはずがない。


「あのー、高橋さんすいません。これなんですけど、名前あってますか?」


 膝の上で震える拳を握り締めていると、ついに受付から出てきて直接私に聞きにきた。


「あってます……」

「じゃあ、性別は……」

「あってます」


 今の私の服装が見えていないのだろうか。セーラー服を着て頭の後ろに赤いリボンまでつけている。どこからどう見たって女の子だ。


 当の本人の私が合っていますと言っているのに、受付の女の人は結局「そうですか……」と首を傾げながら納得がいかなさそうに戻っていった。


 だから病院とか名前を書かいて出さなければいけないところは嫌なんだ。

 いつも「間違ってませんか?」とか「あってますか」とか聞かれる。


 自分の名前を間違って書くわけがない。


 自分の性別を間違って書くわけがない。


 本当、嫌になっちゃう……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ