許してください
気が付けば彼女の他にも私の周りに三人女の子が取り囲んでいて恐怖心を覚える。だけど心を押し殺して声を出す。
「おはようございます」
おさげ髪の彼女はなんだか不機嫌そうで、昨日のきらなちゃんみたいにこれから楽しいことが起こるのではなく、悲しいことが起こるんだとなんとなくわかった。
「ねえ、高橋たかしさん。私たちの名前知ってる?」
明らかに不機嫌を表した眉を動かしながら、笑顔で彼女は聞いてきた。
えっと、確か……なんだっけ。
昨日きらなちゃんに教えてもらったのに、思い出せない。私は彼女たちの名前を知らない。よく考えるときらなちゃんとここちゃんと、前の席の降尾さん以外、クラスメイトの名前は知らなかった。
知らないと返事をすることも出来ず、私は首を横に振った。
「だよねえ。転校してきてずっと無視決め込んでた高橋さんに、私たちの名前がわかるわけがないよねえ。教えてあげる。私は日向芽有。でー」
「私は梁きい」
「根波優子」
「井岡瑠子よ」
そうだ、日向さんたちだ、私をいじめているグループって、きらなちゃんは言ってた。
「よろしくね、高橋さん」
「よ、よろしくお願いします」
あれ、案外良い人たちなのかな?
きらなちゃんが間違ってたんだろうか?
「って、なると思った? そんなわけないよねえ! 私たち吉良みたいにお人好しじゃないからさ! 正直吉良と仲良くして嬉しそうにしてるのがうざいんだよね! お前!」
日向芽有と名乗った彼女は私の前髪を掴んで顔を近寄せてきた。
「痛い……」
引っ張られる前髪の痛みを和らげるために自然と腰が浮き前屈みになる。
「痛いじゃねえんだよ。ねえ、あんたたかしでしょ。女子なんかより男子と遊んだ方がいいんじゃないの。何、もしかして女子とも援交すんの。気持ち悪りぃなあ!」
思いっき後ろに押し飛ばされた。浮いてた腰が椅子にぶつかり音を立てて椅子に座り込む。前髪の生え際も、お尻も、腕も、いろんなところが痛い。何よりもこの状況に心が痛かった。
私に絡む一人の女の子とそれを見て笑う三人の女の子。いやでも名前を覚えてしまう。日向さんに梁さんに根波さんに井岡さん。この子たちは私が『嫌い』なんだ。
やっぱりきらなちゃんの言う通り、今までにあったいじめは全部この子たちがやったんだ。ペンケースも、文房具も、蛇も、変な噂も、机の中に土を詰めたのもこの人たちだ。
今、きらなちゃんもここちゃんもいない。周りを見ても他のクラスメイトたちは見て見ぬふりをしていた。多分、この子たちがこの二年A組のクラスの中で一番偉い人なんだ。その人たちに私は嫌われた。どうすれば、どうすれば良いんだろう。
「なんか言えよ。また無視すんのか」
「いたっ」
また髪を掴まれてぶんぶんと前後に揺られる。痛いのに、やめてほしいのに、「やめて」の一言が出ない。どうしてこんなことをされるんだろう。私は何もしてないのに、酷い。やめて、やめてほしい。
「うっ、ううごめんなさい。ごめんなさい」
何かを許してもらえるかはわからない。だけど私には謝るしかなかった。涙ながらに懇願する。やめてほしい。痛い。悲しい。もうしないから。日向さん達に迷惑をかけないから、許してください。
「仕方ないなあ。ってなるわけないよね? 謝って済む問題じゃねえんだよなあ」
前髪を掴み上げられて、痛さのあまり日向さんの腕を掴む。もうだめだ。許してもらえない。守ってくれるって言ったきらなちゃんもいない。
早く、きらなちゃん。誰か、助けて。
「たかしー、こっちこいよ」
教室の外から私を呼ぶ男の子の声が聞こえた。誰かわからないけどなぜか私のことを呼んでいる。たかしはクラスに私しかいない。と思う。
誰?
誰でもいいから助けて……!
「てか先生、たかしに何の用?」
助かった、先生もいるみたいだ。お願い。誰か、先生、助けてください。
「はぁ? うっざ。なんだよ、萎えた。もういいや」
「あ、メアリちゃーん待ってよー」
四人は男の子の声を聞いて、私を置いて教室から去っていった。前髪の付け根がじんじんする。涙がどんどん溢れてくる。教室の風景は昨日と何も変わらない。昨日と今日、私を取り巻く環境だけが、ぐるぐると嵐のように変わっている。
今日はこれからどうなるんだろう。明日からは。私はこれから一体どうなるんだろう。昨日のきらなちゃんとの楽しさが嘘のように崩れ落ちていく。
さっきの男の子の声は誰かな。
先生は……こないな。
そんなことを考えながら私は机に突っ伏して泣いた。ただ一人、教室の隅で泣いた。
それからきらなちゃんが学校に来たのは一時間目の途中だった。




