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たかしちゃん  作者: 溝端翔
たかしちゃんときらなちゃん
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そしたら絶対遅れない

「うわっ、天! なんで入ってくるの」


 自分の顔が赤いのがわかる。すっごい恥ずかしい、恥ずかしすぎて死にそう。


「だって、ご飯できたから。お姉ちゃん何してたの? 枕の匂い嗅いでたの?」

「違う! そんなことしてない!」

「だって、枕顔に引っ付けてたじゃん」

「それは……、ね、寝ようとしてたのよ」


 苦しい。この言い訳は苦しすぎる。でも、本当のことなんて絶対に言えない。そんなの恥ずかし過ぎる。それに友達のいっぱいいる天に『友達ができたから嬉しくてにやけちゃう』なんて絶対に言えない。そんなの馬鹿みたい。


「わ、わかったから。ご飯食べるから先行ってて! それと、開けるときはノックしてって言ってるでしょ。もしお着替え中だったらどうするの」

「別にー、お姉ちゃんの裸なんか見ても嬉しくないし」

「そういうことじゃない!」


 私は枕を投げたけど、天には届かずに床に落ちた。運動神経がないのが惜しい。


「へたくそー。じゃ、僕先行ってるね」

「戸閉めてけー!」


 天は戸も閉めずに降りていった。もう。いっつもノックしろ、閉めろって言ってるのに。なんでいうこと聞かないんだ。天は弟なのに。なんだか馬鹿にされてる気がする。


 私は戸を閉めて、部屋着に着替えた。セーラー服はいつもより丁寧にハンガーにかけた。


「今日は久しぶりにお婆ちゃんがお芋の煮っ転がし作ってくれたよー」


 お母さんが毎度、炊飯器を持ってキッチンから現れた。


「わっ、本当だ。やったー」

「僕あんまり好きじゃなーい」


 天が口を尖らせながら言った。


「何さ、美味しいんだから。天はまだまだお子ちゃまね。そうだお母さん、聞いてよ。天酷いんだよ、何度言っても戸開ける時にノックしてくれないの。それから閉めていってもくれないの。私ほんと頭にきちゃう」

「天ちゃん、お姉ちゃんは女の子なんだからね。プライベートなの。わかる?」


 お母さんは天を諭すように言いながらごはんをよそう。


「はーい。ごめんなさーい」


 この言い方は絶対わかってない。くそう、馬鹿にされてる。今度天の部屋勝手に入ってやる……。


 や、やっぱやめとこ。着替えてるところとかだったら恥ずかしいし。


「はーい、じゃあ、いただきます」

「いただきます」


 お婆ちゃんのお芋の煮っ転がしは美味しかった。お婆ちゃんはすごい、どうやったらこんなに美味しい食べ物が作れるんだろう。絶対教えてもらいたい。自分でも作れるようになりたい。


「たかしちゃんのお友達、きらなちゃんだっけ? どんな子なの?」


 お母さんが突然聞いてきた。


「さっき言ったじゃん。あったかい人だよ。金髪で不良みたいだけど」

「不良じゃないわよね?」

「それもさっき言った! きらなちゃんは不良みたいだけど、不良じゃないの! あ、そうだ、今度お家呼んで良い? 一緒に遊ぼって約束したの」

「良いよ良いよ! 晩御飯も呼んじゃいなさい。そのときはお母さんが腕に寄りを掛けて美味しいごはん作っちゃうから」

「やった! お婆ちゃん、あのね、そのとき煮っ転がしも作ってもらっていい? きらなちゃん食べたいって言ってたから」

「うんうん、作ったげようね」

「やったー! ありがとう、お母さん、お婆ちゃん」

「ごちそうさまでした」


 お母さんは、本当はいない『りさこちゃん』の話は聞かなかった。私も、りさこちゃんの話はしなかった。多分、お母さんはりさこちゃんなんていないって知ってるんだ。だからりさこちゃんの話はしなかったんだ。そう思った。


 ごはんを食べ終わって、私は天がお風呂から上がってくるまで宿題をした。いつもより集中力が続かなかった。きらなちゃんのことを考えては、心がキュッとなる。

 やっとの思いで国語の宿題を終わらせて、ちょっと休憩をしていると、天がまたノックもせずに戸を開けた。


「お姉ちゃん、お風呂上がったよー」

「天! ノックは!」

「あはは、忘れてた。じゃねー」


 逃げるようにして天は自分の部屋に入っていった。当然、戸は開けっぱなしだ。


「もう」


 お風呂に入って、残りの宿題をこなした。


 明日は七時四十五分に待ち合わせだから遅れないようにしないと。ジャスコで買った赤いベルトの腕時計を机の上に出した。明日付けていこう。そしたら絶対遅れない。


 九時四十分。ちょっと早いけどもう寝ちゃおう。そしたら早くに明日になるから。


 おやすみなさい。


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