私、頑張ったよ
「たかしちゃん、おかえり。大丈夫だった?」
お母さんは相当心配だったみたいで、すごくソワソワしていた。
「うん。大丈夫。ただいま」
私は出来るだけお母さんを安心させるために満面の笑みで言った。作り笑顔とかじゃない、きらなちゃんとのことを思い出して出た私の自然な笑顔に、お母さんは安心したのかよかったと胸を撫で下ろした。
いつもなら帰ってきてすぐに自分の部屋に戻って制服から部屋着に着替えるのに、今日はお母さんきらなちゃんのことを早く話したくて、そのまま居間に入った。居間ではお婆ちゃんが座椅子に座ってテレビを見ていた。
お婆ちゃん。私、頑張ったよ。
声には出さずに目配せをしてみる。
「あら、たかしちゃん。おかえり。お疲れ様だねえ」
お婆ちゃんが横に座布団を置いてその上をぽんぽんと叩いた。座りなさいという合図だと思ってその座布団に座ると、お婆ちゃんが頭を撫でてくれた。暖かくてホッとする。お婆ちゃんの付けてくれた名前が可愛いって言ってもらえたよ。と報告したかったけれど、恥ずかしいのと今までお婆ちゃんを悪いふうに思っていたのがうしろめたくてやめた。
「あー、母さんずるい」
お母さんが私とお婆ちゃんの間に割って入ってきて、猫みたいに私の体に顔をすりすりとすり寄せてきた。その後は長時間のハグ。多分、十五分くらい。あったかくて、なんでかちょっとだけ涙が出た。
「あのね、お母さん。今日友達ができたよ」
ハグが終わって、私はお母さんに教えた。
「そうなの? よかったね。どんな子なの?」
「えっとね、金髪で見た目は不良の女の子なんだけど、お話しすると面白くて、あったかい人だよ。吉良綺羅名ちゃんって言って、お名前もキラキラしてるの」
「金髪なの? 大丈夫? 不良じゃない? いじめられたりしない?」
「全然不良じゃないよ。面白いんだー、たかしって名前も可愛いって言ってくれて、ちょっと変わってるけどすごくいい人だと思う」
「そっか、よかった。よかったねえ」
ぎゅっと顔を抱きしめられて苦しい。
「お母さん、苦しいよ」
「あはは、ごめんごめん」
「それでね、きらなちゃんとは途中まで帰り道が一緒だから一緒に帰ってきたの。また明日、今度は一緒に学校行こうって言ってね。そうだ! あのねあのね、きらなちゃんのお家、ここからすっごい近いんだよ。あそこの駄菓子屋も知ってたし、きらなちゃんのお家も見てきたの。洋風のお家でね、水色で可愛いんだー。楽しかったなあ」
お母さんはうんうんとずっと嬉しそうな顔で聞いて、時たま私の頭をぎゅーっと抱きしめた。
「苦しいってば」
たった一回。朝の教室の前、あの時に勇気を出してきらなちゃんに返事をしただけで、私の世界はすっごく開けた気がする。
「私宿題してくるね。英語の宿題が多く出たの」
自分の部屋に戻ってカバンの中を整理する体を装って、友達ノートを取り出した。中にはきらなちゃんのプロフィールが書いてある。
「そっかあ、きらなちゃんはハンバーグが好きなのかあ」
ベッドに腰掛けて読んでいた私はそのまま倒れ込み、じたじたと横に何度も転がった。
嬉しくて嬉しくて、なんて言葉にしたらいいかわからない。
わからないけれど、とても嬉しくて、このノートは私の一番の宝物になった。二番目はいつもつけるリボン。
んー、でもリボンも一番かもしれない。
とにかく、とにかく私にとって宝物だった。
「お肉が好きって言ってたなぁ。ふふふ、中学生になって、私の初めての友達。きらなちゃん」
ぎゅーっと友達ノートを抱きしめて、きらなちゃんのことを考えた。
きらなちゃん。絶対の絶対、私の友達。きらなちゃんはいじめなんてしない。私にはわかる。あんなに心の温かい人が、いじめなんてする訳が無い。きらなちゃんは私を助けてくれるんだ。今日だって、誰にも悪戯されなかった。こんなこと、先々週の引っ越してきた時以来だ。
私も変わるんだ。きらなちゃんと友達になって。きらなちゃんが私に言ってくれたみたいに私もきらなちゃんを守れるように。
きらなちゃんはすごいなあ。こんなにも私の心を明るくさせてくれる。
一番のお友達。お友達に一番も二番もないかもしれないけれど、私にとって大切な一番のお友達だ。
ふふふ。
顔のニヤケが止まらない。枕を持って、顔に押し付けてじたじたした。なんだか恥ずかしい、こんなとこ、誰かに見られたら、恥ずかしすぎて死んじゃう。
「お姉ちゃん、ご飯できたよー」
天が突然引き戸を開けて入ってきた。




