このまましんどいのが続けばいいのに
大きなリボンについているバレッタをぱちっと外しベッドの枕のそばに置いて、横になった。
ふう……。
帰れる……。
被ってるかわからないくらい軽い掛け布団の中で、私はきゅううっと体を小さく丸めた。枕が高い。ベッドも掛け布団も枕も、どれも寝心地がいいとはいえなかった。
しばらくそうしてじっとしていると、チャイムが鳴った。休み時間だ。誰も保健室に来ないといいけど……。
そんなことを思った途端、保健室のドアがガラガラと開いた。
体がこわばってギュッとなる。
「高橋さん、大丈夫?」
誰か生徒だったらどうしようと思っていたら保健室の先生の声が聞こえた。体の力が一気に抜ける。
「カーテン開けてもいい?」
「は、はい」
慌ててベッドの上に正座しようとしているところに先生がシャッとカーテンを開けた。
「ああ、そんなことしなくていいのよ」
ちょっとくらくらした私の肩を先生が支えてくれた。先生は私のおでこに手を当て「大丈夫? やっぱりしんどそうね」と心配そうに言ってくれた。先生の手はひんやりとして冷えピタみたいだった。
「もうすぐお母さんが迎えにきてくれるからね。今日は早退しなさい。荷物は先生が取りに行ってあげるから。今日は病院に行って、お家でゆっくり休むのよ」
「は、はい」
「じゃあ、お母さんが来るまで休んでなさいね」
先生は私の目を見て、優しく頭を撫でてくれた。
先生はカーテンをゆっくりと閉めた。先生が椅子に座る音が聞こえた。保健室の先生、優しくてちょっと安心する。先生がそこにいてくれるから不安が薄れる気がした。そういえば、久しぶりに家族以外と話した気がする。
私は布団を被り、丸くなって目を瞑った。
ふう……。
私は布団の中でこっそりと一息ついた。
お母さんが迎えに来てくれるんだ。急に学校から電話かかってきてびっくりしただろうなあ。すごく慌ててるだろうなあ。こないだみたいに駐車場の門で車擦ったりしないといいけど……。
でもよかった。早退だって。これで自己紹介しなくて済む。でもいきなり休むことになっちゃうな。また何か言われるんだろうか……。
やだなあ。
カリカリと何か書き物をしている先生の気配を頭の上で感じながら、この世界の誰にも見つからないように体を小さく丸める。
明日も休めたらいいな。そしたらズル休みだって言われなさそうだ。
このまましんどいのが続けばいいのに。
早くお母さん来てくれないかな……。
いつの間にか眠っていたらしい。
「たかしちゃん、大丈夫?」というお母さんの声が頭の上から聞こえて目が覚めた。自分がどこにいるのかわからなくなって、反射的に布団をぎゅっとしてしまう。
そうだ、保健室で横になっていたんだった、と私は思った。上を向くと私のカバンを持ったお母さんの後ろには保健室の先生が立っていた。
「……大丈夫。ちょっとしんどいだけ」出来るだけ元気に聞こえるように言いながら私はもぞもぞと体を起き上がらせた。
迎えにきてくれたお母さんはやっぱりちょっと慌てた様子だった。
「ねえ? 本当にたかしちゃん大丈夫?」
目をまん丸にして、口を開けて、いつもの慌てた顔をしている。慌てすぎててちょっと面倒臭い。
「大丈夫だってば。もうくらくらもしないし」
と言っても
「くらくらしてたの? 熱はない? 本当に大丈夫?」
と私のおでこやらほっぺやらをぺたぺたと触ってくる。大丈夫だって言っているのに。お母さんは全然人の話を聞かない。
「早く病院行かないと! ほらたかしちゃん! 早く準備して! 先生、ありがとうございました!」
お母さんは手を叩いたりこまねいたり先生にお辞儀したりして一人で忙しい。さっきまで静かだった保健室が、お母さん一人来たことで急に騒がしくなった。
「いえいえ、お大事にしてください」
先生も私のお母さんのその様子にちょっと引き気味の笑顔でお辞儀をしている。
正直恥ずかしい。
私はゆっくり髪を整えてからリボンをつけて上履きを履いた。
バカみたいに慌てたお母さんに急かされるとゆったり行動したくなるのはなぜだろう。よく見るとお母さんの靴下は互い違いだった。
さすがに慌てすぎじゃないかなあ。
「たかしちゃん! 病院行きましょ! もうたかしちゃんの荷物はお母さんが持ってるからね!」
肩にかけたスクールバッグをこれ見よがしに叩いて見せるお母さん。
はいはい、そんなことしなくても知ってるよ。
ずっと持ってるの見えてたし。と思いながら私は「うん、ありがとう」と言っておいた。