悲しくもないのに涙が頬を伝った
「なになに?」
「……私ね、お友達ができたの、幼稚園以来なの」
「ええっ」
「その幼稚園の時の友達も、今はもういないから、私にとってきらなちゃんが唯一のお友達なんだ」
自分で言いながら少し悲しくなったけれど、でも、私にとってきらなちゃんがなんとなく特別な感じがして、嬉しかった。
「そうなの? じゃあ私が一番だ! 嬉しい、いっぱい遊ぼうね、いっぱい喋ろうね! 私決めてるから。さっき決めたばっかりだけど決めたの。私はたかしちゃんをイジメから守るから。絶対助けるからね!」
「ありがとう、きらなちゃん」
「そうだ、友達いっぱい作ってさ、たかしちゃんがいじめられないようにしないとね」
「そ、そんな簡単には……」
「ちょっと待ってね私に任せて……。あ、いたいた。ちょっとーここー」
キョロキョロと周りを見回したきらなちゃんは黒板の方を振り返り、黒板の前を走っていたショートカットの女の子を呼んだ。
「なに―? きらきら。僕になんか用?」
少し息を切らしながらくりくりしたお目目の前髪をぴょこんと結んだ女の子が私たちの近くに寄ってきた。
「たかしちゃんとさ、友達になってあげてくれない? 私も今しがた友達になったとこなんだけど」
「たかしちゃん? ああ、全然いいよー! 僕は下別ここ。っておんなじクラスだから知ってるか。じゃあきらきら、たかたか、私鬼ごっこ中だからまたね」
「ああ、待って待って、たかしちゃんをね、守る隊を作ろうと思ってるから、今日からここもその一員ね?」
「その隊って何する隊?」
「たかしちゃんをいじめから守る隊」
「そっか、たかたかいじめられてたもんね。いいよ、きらきらが言うなら入ったげる。その代わりきらきらサッカーしようね?」
「おっけー」
「たかたか、僕、いじめられてたの知ってたのに何にもしてあげられなくてごめんね。でも、次からは守るから。だから、たかたかも一緒にサッカーしようね」
下別さんは私と友達になったや否や、私の返事も待たずにスカートを翻して走り去っていった。こんな感じで二人目の友達が出来るとは思っていなくて、嬉しいような不思議な気持ちになった。
「下別さん、サッカーって……」
「ああ、あいつ男子サッカー部に一人だけ混じっての女子部員なのよ。サッカー好きなの」
「私、運動苦手……」
「大丈夫大丈夫、なんとなくでいいから。それに、いっつも男子と遊んでるけど良い奴だから仲良くしてやってね。あと多分、ここでいいと思うよ。みんなここって呼んでるし」
大丈夫、なのかな。まあいいや、ここちゃんかー、こっちこそ、よろしくお願いします。って次会った時にちゃんと言わないとな。
「そうだ。良いこと考えた」
「なになに?」
きらなちゃんが自分の席から持って来たのは、使いかけのノートと油性マーカーだった。そのノートの使った部分を切り取りくしゃくしゃに丸めゴミ箱にシュートした。
すごい、綺麗に入った。
ゴミ箱すごく遠いのに。きらなちゃんも運動神経いいんだなあ。羨ましい。
とか思っている間に、きらなちゃんはノートの表紙に『たかしの友達ノート』と書いた。
「はい。これあげる。あ、ちょっと待ってね、私のページ書くから」
と丁度その時、チャイムがなって朝休みの時間が終わった。
「ああん、もう。ちょっと待ってて、授業中に書いておくから!」
きらなちゃんは悔しそうに席に戻っていった。席について、振り返って私に手を振ってくれた。私も小さく手を振り返した。
もうすぐ授業が始まる。あれ。私、友達が出来たんだ。急に現実を理解したような気がした。さっきまできらなちゃんと話していてずっと楽しかったけれど、なんだかよくわかんないままどんどん進んでって、全部が夢のような気がしてて。でも、今、すごく実感した。
私、友達が出来たんだ。
なぜか、悲しくもないのに涙が頬を伝った。
あれ?
あれれ?
悲しくないのに、どうして涙が出るんだろう。わからない。全然わからない。嬉しいからかな。ホッとしたからかな。わかんない。なんでだかわかんないけれど、涙が止まらない。でも、嬉しい。
私の友達。きらなちゃん……。




