綺羅名って呼んで?
「あのね。昨日、たかしちゃんが休んで、思ったの。もしかしたらもう学校に来ないんじゃないかって。風邪なんてのはわかりやすい言い訳で、いじめられて学校に来たくなくなったんじゃないかって。それで、気づいたの。私、ひどいことしてたって。もう二度と絶対にこんなことにならないようにするって思ってたのに、それなのに、私は何にもしなかった。怖かったの。たかしちゃんに拒絶されることも、助けたことで私がいじめの対象になることも。怖くて怖くて、何もできなかった。私はまた助けることができなかったんだって思った。なんのためにこんな格好してるんだって思った。でも、たかしちゃんはまた学校に来てくれた。嬉しかったの。またこうして来てくれるんだって、今しかチャンスは無いって。だから、ひどい事してたけど、声、掛けたの。許してもらいたかった。友達になりたかった。私はずっと、いじめられているたかしちゃんを助けたかった……」
「なんか熱くなってるところ悪いけど、そこ私の席だから、退いてくれる?」
涙をこぼす吉良さんに、降尾さんが容赦無く言った。
「あ、ご、ごめん」
吉良さんは横によけて私の横にきた。彼女は震えていた、手をグーにして、私のことを見ていた。
本気なんだって思った。
クラスの誰にも聞こえる声で、吉良さんは私に謝った。友達になりたいって言った。そのことのどれだけ大変か、私にはわかる。わかってしまう。いじめられっ子を助けることのどれだけ勇気のいることか、わかってしまう。
もしかしたら、自分もいじめの対象になるかもしれないのに。吉良さんは声を掛けてくれたんだ。
「吉良さん……」
私も立ち上がった。吉良さんと同じところに立つために。
「お友達に、なってください」
私は吉良さんに右手を差し出した。
「うわあああん」
差し出した手が握られる事はなかった。代わりに吉良さんは私に飛びついてきた。後ろを振り返って私たちをみる降尾さんの視線が痛い。でも、吉良さんはとても暖かかった。私は吉良さんが今まで助けてくれなかった事については不問にしようと思った。だって、私もそんなことできないから。むしろ、こうやって今みたいに声を掛けてくれたことで、不問なんてそんな考えが馬鹿馬鹿しいと思った。
私は吉良さんが好きになった。見た目はどうみても不良で怖いと思っていたけれど、本当は全然怖くない。こんなに暖かい人なんだ。
「吉良さん、私、変な名前だよ? いじめられてるよ? それでもいいの?」
吉良さんはそっと離れて、言った。
「そんなの関係ない。私はたかしちゃんがいいの。確かに『たかし』って男の子っぽい名前だけど、それが何? 私はたかしちゃんって可愛いと思うよ? それに、楽しいじゃん。変わった名前って。あのね私も変な名前なの? 吉良綺羅名っていうの。続けて呼んだらキラキラなの、変でしょ」
吉良さんは笑った。
「きらきら……。だって、それは可愛いじゃん。私なんてたかしだよ? こんな名前だから、いじめられるんだよ?」
「少なくとも、私はいじめないよ。可愛いと思うもん。ぜんっぜん変じゃないよ」
なんだか、胸にあったシコりのようなものが消えていくのがわかった。こんなにも、本気で名前を可愛いと言ってもらえて、素直に嬉しかった。何より、お母さんとお婆ちゃんに自慢したいと思った。嫌いだった名前が少し好きになれたような気がする。お母さんとおばあちゃんを少しだけ許せたような気がする。
「吉良さん……」
「あ、あのね。もしよかったら、綺羅名って呼んで? 私、吉良ってキラーっぽくてちょっと怖いかなって思うの。だから、綺羅名って呼んでくれたら嬉しいな」
「あ、えっと。うん。き、きらな、ちゃん?」
「うん! それでもいいよ! ありがとう!」
また抱きつかれた。
スキンシップが激しい子だ。すごく恥ずかしい、きらなちゃん、胸、おっきいなあ、いいなあ。
私は転校してきてからこの一ヶ月間、失敗して、拒んで、逃げて、この幸せな時間を自分で選ばなかったんだ。受け入れて、勇気を出して、返事をすれば。たったそれだけでこんなにも世界は変わるんだ。でも、これはきらなちゃんが居てくれたからだ。きらなちゃんに感謝しないとな。
「きらなちゃん、ありがとう」
「こっちこそ、もう一回学校に来てくれてありがとう。じゃないと私、絶対後悔してた」
幸せだ。なんて幸せなんだろう。きらなちゃんと話している間はいじめのことなんて忘れられた。
きらなちゃんはすうっと私から離れて笑顔を作った。とっても可愛かった。
「あのね、きらなちゃん、びっくりすること言っていい?」




