やっぱり食べられるのかも知れない
自分でも話しかけることができて驚いた。
それどころか彼女の制服の裾まで掴んでいる。
勝手にこんなところを掴んで、怒られるかもしれないと思ったけれど、私はしっかりと握りしめた。吉良さんがどこかへ行ってしまわないように。
でも、私よりも吉良さんの方が驚いているようで、振り返って目をまん丸にしたまま動かなくなってしまった。
「えと、あの。えっと」
吉良さんのまん丸の目と目が合って、吉良さんに何か言われるかと思って、慌てて裾から手を離した。
二人とも何も言わない。私が声を掛けたんだから、私が何か言わないと。そう思っているのに次の言葉が全然出てこない。こんなとき、何を言えば良いんだろう。頭の中でぐるぐると考えても一向に答えを導き出せない。答えのように形で頭に浮かぶのは言葉にならない文字の面影だけだった。
「えっと。……おはよう……ございます」
必死に考えて考えて出た言葉はこれだった。もっとお母さんや天と話す時みたいにスラスラと言葉が出てくれば良いのに、怖さと緊張で全然言葉が出てこない。
挨拶をすることが私の精一杯だった。絶対失敗した。もっといい言葉があったはずだ。やってしまった。
しかし、全然ダメだったと思う私の考えとは裏腹に彼女はみるみると嬉しそうな顔になった。満面の笑みで私のことを見つめると、ゆっくりと近寄ってくる。肩を竦ませて怯える私に嬉々として見つめる彼女。
まるで弱った獲物とその獲物を狙うライオンのような状態だ。
「おはようっ!」
吉良さんはがばっ。と大きく手を広げるとそのまま私に抱きついてきた。
「ひっ」
食べられる。
そんなわけはないけれど、あまりの出来事に何がどうなっているのかわからない。
私、今どうなっているんだろう。
顔が近い。それと……暖かい。
「やったあ! ねえねえ。お話しよ。こっちこっち」
「えっ?」
勢いよく吉良さんに手を引かれて私は教室の中に入った。
クラスメイトの何人もが驚いた顔で私たちを見ている。吉良さんの明るくて可愛い大きな声は注目を集めるには十分だった。私はクラスメイトの目線から逃げるように俯いて歩いた。そのまま私を私の席まで連れてきた吉良さんは私をゆっくりと座らせて、私の前の席の降尾さんの席に勝手にどっしりと座り込んだ。降尾さんはまだ来ていないみたいだった。
吉良さんは目をキラキラさせて、私の顔をじっくりと見ている。やっぱり食べられるのかも知れない。
「たかしちゃん! もう風邪は大丈夫なの?」
「うん」と声を出したかったけれど頭だけで頷いて返事をした。声は出なかった。
「あのねあのね。私ずっとたかしちゃんお話したかったの……」
なんでだろう。なんで私とお話がしたかったんだろう。
「本当に嬉しいよ。だってずっとお話ししたかったんたんだもん」
何度も何度も私とお話がしたかったという吉良さんに、次第に怖さよりも疑問の方が大きくなる。だんだん怖くなくなってきて、私も自然と声が出せた。
「……どうして?」
「あ、あのね。……ちょっと待って」
吉良さんは立ち上がって大きく深呼吸をした。それから大声で言った。
「ごめんなさい!」
彼女の謝罪の声はクラス中に響き渡った。もしかしたら教室の外にも届いていたかもしれない。私は驚いて、今度は私が目をまん丸くさせた。
「私、たかしちゃんがいじめられてるの見てた。知ってた。なのに、ずっと黙ってた。何にもしなかった。助けなかった。本当にごめん。私も加害者だ。許されるなんて思ってない。だけど、私は友達になりたい。たかしちゃんと……」
吉良さんの目は潤んでいた。
今にも泣き出しそうな顔で、私に謝罪の言葉を言った。




