いかにも『不良』といった女の子だ
一日学校を休んだだけで外は知らない町になったような感じがする。なんだか太陽の光が気持ちいい。吹く風が体を抜けて清々しい。こんな気分は初めてだ。
通学路をしばらく歩くと、登校する他の生徒たちが増えてきた。同じクラスの子は多分いない。いないと思うけどもしいたらと思うと緊張で少し吐き気がした。
「大丈夫。大丈夫」
誰にも聞こえないような小さな声で呟きながら頭を横にぶんぶんと振りキリキリするお腹をさする。気合いを入れるようほっぺたを両手で叩いた。こんな調子なら教室に入れない。話しかけるだけ。返事をするだけ。やってなかった当たり前のことをするだけなんだから。
校門を抜け、玄関で上履きに履き替える。上履きに画鋲が入っている事はなく、胸を撫で下ろした。
階段を上がり、教室が目の前に来た。クラスメイトが教室の中で楽しげな空間を作っている。私もその輪の中に入りたい。心臓がバクバクと音を立てている。足がすくむ。よく考えると私は昨日ズル休みをしていた。それだけで何を言われるか分からない。話しかけてくる人なんていないかも知れない。話しかけられる人なんていないかも知れない。頭ではわかっているのに、どんどん卑屈になってくる。
やめろ、やめろ。
――もしかしたら、またいじめられるかも知れない。
「……たかしちゃん?」
堪えきれなくなってその場から逃げ出したいと思ったとき、かわいい声の女の子に声をかけられた。びっくりして後を振り向くと、そこには短めの金髪をツインハーフアップ?で左側の結び目は白地に赤い水玉のシュシュで留め、右側は多分学校指定の胸につけるリボン?で留めた女の子が立っていた。
よく見るとバッチリと化粧をし、セーラー服を着崩して、学校指定のリボンを着けずに胸当ても外して胸元を大きく開けている。
中学生にしては大きな胸の谷に目がいく。
爪も長い、マニキュアをしている。いかにも『不良』といった女の子だ。この人を私は知っている。同じクラスの吉良さんだ。たまに目が合っていたから。というか教室で一人だけ金髪だから嫌でも覚える。怖いと思っていた人だ。
怖い。
最初は何が起きたかわからなかったけれど、じわじわ現実を理解してきた。今、不良の吉良さんに話しかけられている。なぜだかわからないけれど、教室の前で、話しかけられているんだ。
「もう風邪は大丈夫なの?」
首を傾げながら吉良さんは私に聞いてきた。どうやら私が休んだ理由は風邪を引いたからだと言うことになっているらしい。お母さんがそう連絡をしたのだろうか。風邪じゃないのに風邪として休んだことになっているのは完全にズル休みだ。
「まだしんどい?」
今度は左に頭を傾けて聞いてきた。
だめだ。怖い……っ。
せっかく誰かが話しかけてきてくれているのに返事ができない。誰かに自分で話しかけるつもりだった。話しかけられても返事をするつもりだった。
だけど……。
でも!
まさかこんなにも不良みたいな、クラスで一番怖いと思っていた人に声をかけられることになるなんて。
こんなことは全然想定していなかった。
だって、私はもっと普通の……えと、分からないけれど、もっと、こう、黒い髪の女の子と話すつもりだったんだ。それがこんなにも金髪だなんて。
だめだ。油断をすると泣きそうだ。
思い返してみると、吉良さんは初めから私のことをたかしちゃんと下の名前で呼んでいた。ような気がする。やっぱり馬鹿にしているのかな。私が怒った後は一才近づいてこなかったから。
で、でも……もしかしたら距離が近いだけなのかもしれない。
だって、不良だもん。不良は距離が近いんだってドラマとかみてて思ったことがある。
でも、どちらにしたって私には怖いことには変わりはない。頑張ろうって再決意した今日、向こうから誰かが話しかけてくれるのは私にとってはラッキーだ。だけれどこれじゃあハードルが高すぎて飛び越えられそうにない。
私は運動音痴なんだ。もっとハードルは低い方がいい。
でも、だめだ。頑張るって決めたんだ。返事しなくてどうする。声をかけなくてどうする。そうだ。彼女の見た目は不良だけれど、まだ不良だって決まったわけじゃない。だって、私のことを心配してくれている。それだけで、友達になるには十分なんじゃないか。
「……なんかごめんね? 話しかけて。私席に戻るね……」
私が何もしないで立ち尽くしていると、吉良さんは少し残念そうな様子で言った。
明らかに肩を落としてもう教室に入ろうとしている。
待って。まだ私何も変わってない。
待って。ちゃんと返事したいと思って学校に来たの。
吉良さんの見た目のせいで怖いけど……ううん。多分見た目なんて関係ない、髪が黒くても金髪でも、私は同じだけ緊張して怖がったと思う。緊張するけど、泣きそうだけど。せっかく声をかけてもらったのにこの瞬間を何もなかったことにはしたくない。
あの。
「待って、吉良さん」
心の底から絞り出すように声を出した。




