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たかしちゃん  作者: 溝端翔
たかしちゃんとズル休み
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そこで、私は御城さんと出会うんだ

 部屋の中で電話が鳴り響いている。


 ここは、引っ越す前の家のリビングだ。


 私は大きな四人掛けのテーブルで宿題をしていて、電話に出ようとはしない。なんか見たことがあるような、知っているような景色。でもこんな角度からは見たことがない。そうか、これはお婆ちゃんが倒れたって電話がかかってきた時を見てるんだ。


 もしもこの電話を私が取っていれば、お婆ちゃんは大きな病気になっていなかったかも知れない。もしそうなら、宿題をやめてなっている電話を今すぐに取れって私に言いたい。


「電話に出て!」


 リビングの上の方から叫んでみても私の声に宿題をしている私が気付くことはなく、喉が痛くなるくらい叫んでみたけれど、あの日の私には今の私の声は一才届くことはなかった。


「ああ、お母さん。取らないで」


 言うも虚しく、あの日と変わらずにお母さんが電話を取った。目の前に流れるこの光景が、夢だということに私はうっすらと気づいていた。もしも夢ではなくタイムスリップをして見ているのなら結果を変えられたかもしれないのに……。


 今見ているこれが夢だと何故か理解できているのに、私は目を覚まさないらしい。不思議な感覚の夢だった。


 電話を切った後お母さんは大慌てで家の中を走り回る。慌てるお母さんを見るのは慣れていたけど、それに巻き込まれるのは今でもちょっと疲れる。いつも大げさに慌てるけど結果は大したことがないからこの時もそうだと思っていた。


 場面が変わった。ここはお婆ちゃんが入院している病室だ。私たちがお見舞いに来ている。


「二人ともごめんね。ちょっと転んだだけなんだけどねえ」


 病院に着いたときの作り笑顔のお婆ちゃんの言った言葉は嘘ばっかりで、絶対に大きな病気になったんだと今でも思ってる。だけど私には本当はどんな病気なのかをお母さんにもお父さんにもお婆ちゃんにも聞く勇気はない。そんで、いま教えてもらえたとしても、私はあの時みたいに逃げ出すと思う。本当に何事もなく、元気にこれからも生きられるなら早くそうだと教えてほしい。


 そう。この日は、お婆ちゃんのいる病室から逃げ出して、ここの自販機で飲み物を買って、まだ病院の中で逃げ続けて。そろそろみんなとお婆ちゃんの話が終わったかなと思ったところで、お母さんと先生が話すところに出会うんだ。ほら、お母さんが先生と何か話している。この悲しそうなお母さんの顔は忘れられない。その辛そうなお母さんの顔を見て、私はまた逃げ出して……知らない公園に着いた。


 そこで、私は御城さんと出会うんだ。


 多分初めて同い年の女の子とちゃんと喋って、恥ずかしくて、楽しくて。


「出来ないことはもう諦めた。私は出来ることと出来そうなことをするのだぁ!」


 御城さんが不恰好に決めポーズをつけて私に教えてくれた。御城さんに出来ることをすればいいんだって教えてもらって、私は大きな勇気をもらったんだ。その時の夕焼けはすっごく綺麗で、その時の別れはすごく、寂しかったんだ。


 涙がツーッと頬を伝って、私は目が覚めた。


「忘れてた……」


 私、学校生活を送りたいんだ。


 楽しく、友達と過ごせる、宿題を忘れて先生に怒られたり、友達と見せっこをしたり。そんで、少しでもお婆ちゃんに安心して欲しいんだ。


 もちろん、お母さんにも安心してほしい。その為に出来ることをするって決めたんだった。


 大和中学校に転校してきてから約一ヶ月、私はまだ何もやってないじゃないか。頑張ったのは最初の自己紹介だけで、その後は誰かに話しかけられても怒ったり、無視したりして、距離を置いていた。そんなの名前なんか関係なくいじめられるに決まってる。もし私が勇気を出して声をかけた時に無視されたら絶対に悲しい。そんなことされたくないに決まってる。


 今まで私がしてきた事を考えたら、もっと出来ること、頑張れることがあったんじゃないか。と思えてくる。私が勇気を出して返事をしていれば、めげずに声をかけていれば、もっと明るい学校生活が送れていたかも知れない。いじめられていなかったかもしれない。


「今からでも、間に合うかな」


 御城さん……。


 私はセーラー服に袖を通した。緊張で手が震え、心臓が大きく脈打つ。


 私は変わりたい。


 ちゃんと学校生活を送りたいし、お婆ちゃんにも元気でいてほしい。安心してほしい。そういや、昨日晩御飯食べるのも忘れて寝ちゃってた。お腹すいたな。


 鞄を準備して居間に降りるとお母さんが目を丸くした。


「学校行くの?」

「うん」

「たかしちゃん、あのね……」

「うん。いいの。私、頑張りたいって思ったの。まだ何もやってないと思うから」

「そう」


 お母さんは悲しそうに目を伏せた。


「たかしちゃんは頑張り屋さんだねえ」


 お婆ちゃんが心配そうに頭を撫でてくれた。


「でもね。もし。もしも、今日ダメだったら。明日から休みたいって思うかも知れない。その時は、ごめんなさい。でも、そうならないように、今日頑張るから」


 目から涙が溢れてくる。緊張と、怖さと、今にも挫けそうな心の情けなさが目頭をどんどんと熱くさせる。


「良いんだよ。たかしちゃんはたかしちゃんだから」

「うん。今日は大盛でちょうだい!」


 昨日食べてなかった分を補うように、もりもりとご飯を食べた。今日の元気をつけなくちゃ。話しかけるんだ。誰でもいい。知らない人ばっかりだけど、当たり前だ。友達になる前は絶対に知らない人同士なんだから。


「いってきます」


 私は家を出た。

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