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たかしちゃん  作者: 溝端翔
たかしちゃんとズル休み
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弟に生まれたかったかもしれないや

「たかしちゃん、起きないと遅刻するよー」

「んんっ」


 下の階からお母さんが呼ぶ声がする。多分階段の下まできて上を見上げて私を呼んでいる。


「お姉ちゃん! 起きなよ!」


 ざっと引き戸を開けて天が入ってきた。やめて、帰って。


「お姉ちゃん! 起きなって!」

「ううん」


 天に無理やり布団を剥がされて、私は小さく縮こまった。なぜか少しパジャマ姿を見られるのが恥ずかしかった。


「ねえ、起きた? お姉ちゃーん?」


 おそらく私の顔を覗き込んでいる。すごく近い。気がする。チューしちゃいそうですごく離れたかったけれど、私は慎重に息をすうすうと吐いて狸寝入りをした。


 私は起きてない。眠っている。だから早く離れて……。


「天くんも遅刻するから降りといでー」

「はあい。お姉ちゃん寝てたー」


 天は部屋の引き戸を閉めずに開けっぱなしにしたまま部屋を出て行った。ドタドタと軋む木造の階段を降りる音が聞こえたと思ったらすぐにお母さんも天も居間に入ったのか一階は静かになった。

 私は息を殺しながら静かに、物音を立てないように奪い取られた布団を被り直した。開けっ放しはなんだか恥ずかしいから戸も締めたかったけれど、あんまり動いたら起きていることがバレるかもしれないと思って開けっぱなしにしておくことにした。


 それにしても天は元気だ。本当に毎日楽しそうでいいなあ。新しい友達も沢山いるんだろうな。それで、今日は誰と遊ぼうか、とか、誰と帰ろうかなんて考えて、次の日はまた違う友達と遊んで、遊んで……。


 天、あのねお姉ちゃんはもう、学校なんて行きたくないよ。お姉ちゃんね、死んじゃえって言われたんだ。


 クラスの全員にだよ?


 天はそんなこと言われたことないよね。天はいいなあ。お姉ちゃん、弟に生まれたかったかもしれないや。


 こんなお姉ちゃんでごめんね。友達ができるどころか、いじめられて、死ねなんて言われるお姉ちゃんなんて、天は嫌だよね。


 瞑っている目の横から一筋の涙が溢れて枕を濡らした。



「はっ」


 急に目が覚めた。いつの間にか狸寝入りから本当の眠りに入っていたらしい。私はベッドに寝転がったまま勉強机に置かれた置き時計を見た。


『14:26』


 お昼ご飯の時間も大幅に過ぎていて、もう一時間もすれば下校の時間だった。今ごろは六時間目の授業が始まる頃かな……。眠い目を擦りながらベッドの端に腰掛けた。


「学校、サボっちゃった。お母さん怒るかな……」


 怒られるのが嫌で、少し、下に降りるのが憂鬱になった。

 でも、大丈夫。私には魔法の言葉があるんだから。


『なんで起こしてくれなかったのさ』


 こう言えばきっと『起こしたよ』って言われると思う、そこで言うんだ。


『もっとちゃんと起こしてよ! 学校行きたかったのに!』って。


 私は大袈裟にあくびをして目を擦りながらパジャマのままで一階にある居間に入った。引き戸がいつもより重たく感じた。


「おはようたかしちゃん。よく眠れた?」

「おはよう」


 なんで起こしてくれなかったのさ。お母さんにあったら一番に言うはずだったのに、お母さんは普通に『おはよう』なんて言った。


 怒らないの?


 学校、サボったのに……。


 悪いことをしたのにいつも通り接してくれるお母さんに不意打ちを受けたように面食らい、目頭がとても熱くなる。


「あら、たかしちゃん。起きたのかい。ご飯食べるかい」

「……うん。食べる」

「もう、母さんは座ってて良いの。ご飯は私がやるから」


 台所の奥から足を包帯ぐるぐる巻きにしたおばあちゃんがふらふらと煮物を片手に顔を出した。


 私は静かに頷いて、ご飯を食べることにした。

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