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たかしちゃん  作者: 溝端翔
たかしちゃんと新しい学校
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カッターナイフが入っていた

「いってきます」

「いってらっしゃい」


 お母さんとおばあちゃんと挨拶を交わして、私は通学路に出た。まだ誰もいない。でも歩いていくとどんどんと同じ制服を身につけた人たちが増えていく。周りに歩く人たちは、グループになって、楽しく話しながら学校に向かっている。

 学校に近づけば近づくほど、私の孤独感は増していく。でも、昨日お風呂であれだけ泣いたからか、あまり寂しくはなかった。


 もしかしたら天井におやすみをしたのがよかったのかもしれない。


 校門を抜けて、校舎に入る。靴を上履きに履き替えようと上履きを掴んだ時、指に何かが刺さった。


「痛っ」


 指先を確認したけれど、血は出ていなかった。


 なに?


 今度はゆっくりと、上履きの横を掴んで取り出し、中を覗いてみた。中には大量の画鋲が入っていた。もし私がこの画鋲に気が付かずに上履きをそのまま履いていたらと想像をしてゾッとした。少し心が痛んだけれど近くにあったゴミ箱に画鋲を捨てて上履きを履いた。


 やだなあ。とは思ったけれど、強くなった私はもう悲しいとは思わなかった。


 階段を上って二年A組の教室に入った。


「おはようございます」


 私が挨拶をしても誰も聞いていない。返事する人もいない。なら、挨拶なんてする必要がないじゃないか。だけど、私は挨拶をして入った。


 ん?


 お花?


 私の机の上には綺麗な水色の細い花瓶が置かれ、花瓶にはかわいいお花が生けられていた。


 これは……なに?


 席の横に着くと、花瓶の下に手紙が置かれていることに気づいた。ピンク色の封筒は小さく花柄があしらわれている。


 なんだろう。この花瓶は、あれだよね。


 知ってる。テレビで見たことがある。


 病気や事故で死んでしまった子の机には花瓶が置かれるんだ。


 私は立ったまま封筒を手に取り、封を切った。中には二枚の便箋が入っていた。


『親愛なる高橋たかしくんへ。

 どうして私たちに黙って死んでしまったの? 私たちはとても悲しいです。だってあなたはまだ十四歳なのに。なのに、もう死んでしまうなんて。それも自殺して死んでしまうだなんて。私たちは本当に信じられません。だって、あなたはあんなにも笑っていたじゃない。先生から聞きました。たかしくんは自分の首を、頸動脈をカッターで切って、自殺をしたって。そんな痛くて辛い、むごい死に方しなくたっていいじゃない。だって、だってたかしくんは一人じゃないのよ? 私たちが付いていたのに。相談して欲しかったよ。

 でも、私たちは知っています。男女なあなた。援助交際をしているあなた。いつも一人でいるあなた。そんなあなたは頑張り屋さんでした。だから、私たちはあなたが『嫌い』なんです。大嫌いです。本当に、死んでほしいとまで思っていました。本当に死んでくれてありがとう。私たちはとても嬉しいです。だってもうあなたの顔を見なくても済むんだから。あなたの顔を見ると、すごくイライラしていました。被害者ヅラの、気持ち悪い男女。本当に死んでくれてありがとう。これで、心置きなく学校を楽しめます。さようなら。

 二年A組一同。』


 手紙を持っている手に力が入って、便箋がくしゃっとなった。涙がポツリと便箋の上に落ち、手紙の文字を滲ませた。


 花瓶の花、この手紙。私は死んでしまえばいいのかな。死ねばいいと思われているのかな。意識が頭から抜けるようにふらっと倒れそうになって机に手をついた。


 かたっと机の中に何かが入っている音がした。


 なに?


 これ以上何があるっていうの?


 恐る恐る机の中を除いてみた。中には一枚の紙とカッターナイフが入っていた。


 紙にはただ一言『早く死ね』と書かれていた。


 カッターナイフは大きくて、長い刃もちゃんと付いていた。カチカチと刃を出してみる。なんでも切れそうな鋭い刃は私の首を狙っている気がして、慌てて刃を戻して机の上に置いた。


 周りを見渡すと、誰もが私のことを見ないようにしようとしているように思えた。


 私はもう、死んでいるの?


 みんなの目にはもう、私は映らないんだ。


 私は花瓶を持って、教室の後のロッカーの上に置いた。綺麗。これがただの飾りならとても綺麗だと思った。でも、違う。これは私の死に供えられた花なんだ。


 どうしていま、私はこんな所にいるんだろう。なんで学校なんかにいるんだろう。どうして、なんのために。わからない。私はこんなにも嫌われている。毎日毎日悪戯される。死ねとまで思われている。それなのに、学校に来る必要なんてあるのかな。そこまでして、頑張る必要なんてあるのかな。


 これ以上は、私の心が壊れそうだった。涙がつうっと頬を流れる。セーラー服の裾で拭って自分の席についた。


 目の前には大きなカッターナイフが置かれている。今ここで、私が首を掻き切って死ねばどうなるんだろう。


 いじめた人たちは非難されるんだろうか。逮捕されるんだろうか。見返してやることができるんだろうか。


 ……でも、嫌だ。死ぬなんて嫌だ。


「早く死ねよ」

「そーそ、首きってどうぞ」


 どこからか声が聞こえた。


 私は堪え切れなくなった。私は机に突っ伏して涙を流した。もう帰りたい。こんな所にいたくない。およそ三十人近くに死ねと思われている。そんなの耐えられない。こんなに辛いことは知らない。早く時間が流れてほしい。学校が終わってほしい。でも時間はそう簡単には流れてくれなかった。

 長い長い授業の時間。一人ぼっちの休み時間。何かされないかとビクビクしながら私は休み時間を過ごした。

 結局、最後まで何もされなかった。けどそれは、悪戯に飽きたんじゃないと思う。


 私なんか、どうでもいいんだ。


 もう興味がないんだ。死んでいるのと、おんなじなんだ。


 私の気持ちはとても疲弊した。


 ホームルームが終わり、教室を出るとき、ロッカーの上にある花瓶が目に入った。



 私、死んだ方がいいのかな……。

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