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たかしちゃん  作者: 溝端翔
たかしちゃんと新しい学校
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学校、行きたくないなあ

 なんで私学校に来ているんだろう。


 こんなに嫌われて、毎日毎日悪戯されて、なんのために生きてるんだろう。


 何かが砕けたような音がした。


 私、やっぱり独りなんだ。


 結局、今日の大きな悪戯はあの蛇の死骸だけだった。その後は特に何か大きな悪戯はなかった。いつものように小さな声で悪口が聞こえたけれど、それくらいはもう当たり前になっていて悲しくもなんともなかった。


「ただいま」


 誰の返事も返ってこなかった。いつもの事だけどなんか今日は寂しいな。


 私は、家の中でも実は一人ぼっちなんじゃないかな……。


 なんて考えてしまう。昨日お父さんと話して、お母さんと話して楽しかったことが幻のように感じた。

 部屋着に着替えて宿題をした。国語と数学、社会の宿題が出ていて、結構大変だった。宿題が終わったら、今日の勉強の復習をした。今日は授業が聞きやすかったな。なんだか一人の世界に入り込んでいた気がする。


「お前、きもいんだよ」


 私の頭の中で、その言葉が反芻する。


 みんな……やっぱりクラスの全員が私のことキモいと思っているのかな。


 でも今日、吉良さんは助けてくれたような気がする。……いや、そんなわけないか。ただうるさかったんだろうな。あのやりとりが耳障りだったんだ。そもそも不良の人が私に良くしてくれるわけもない。不良どころか私に良くしてくれる人なんて一人もいないんだ。


 復習を途中で切り上げて、ベッドに寝転がった。


 今の自分の立ち位置がよくわかる。家では私は甘やかされる。お母さんもお父さんも、おばあちゃんも。天だって私と仲良くしてくれる。でも、一度外に出たら私は一人になる。誰も話しかけてくれない、誰も助けてくれない。誰も、私のことを見ていない。ううん、見ているのかもしれない、でもその目は私を蔑んだ目だ。そんな目で見られたくない。


 なぜだか涙は出なかった。もう私の涙は枯れてしまったのかもしれない。悪戯をされて泣いていたのが懐かしい。私は強くなったのかな。いや、そうじゃない気がする。心が死んだんだ。悲しいと言う感情が、私の中から失われてしまったんだ。


 昨日お父さんと話していた時はあんなにも頑張れると思ったのに。いざいじめに直面すると、全然ダメだった。昨日、お父さんに本当のことを話していたら、こんなに悩まなくて済んだのかな。いじめも無くなっていたのかな。


「はぁ。学校、行きたくないなあ」


 また学校のことを考えてしまっている。やめよう、こんなこと考えるの。もっと楽しいことを考えよう。だって今はお家にいるんだから。お家は楽しいところなんだから。


 私はベッドから立ち上がり、机の脇に置いてあった型紙に使う画用紙を手に取った。床に画用紙を広げて、しゃーくんの型紙を作る。想像通りの形になるように、頭で計算して考えて。何枚も型紙を作っていく。何枚か作ったら今度は布を当てて布を切り取っていく。順番に一枚一枚切り取って、大きな準備は完了だ。あとは型紙に合わせて作った布をちくちくと縫い繋げていく。強く抱きしめても解けたりしないように、慎重に、しっかりと縫っていく。これがまた楽しいんだ。


「たかしちゃーん。ご飯よー」


 集中して縫っていたらお母さんに呼ばれた。おっきいのを作るからまだまだ全然縫い足りない。完成はいつ頃になるだろう。出来上がりが楽しみだな。私は糸が絡まらないようにそうっと机に置いて居間に降りた。


「今日は肉じゃがでーす」


 お母さんが見せびらかすように手を広げて言った。


 お母さんは毎日元気だなあ。なんだか寂しくなる。


 自分の定位置に座ってご飯を入れてもらったお茶碗とお箸を持った。じゃがいもをつまんでパクリ。うん、美味しい。味がしっかり染み込んでいて、ほろほろと崩れるじゃがいもはいくらでも食べられると思った。まあ、いくらでもは食べられないんだけど。


「たかしちゃん。何かあった?」


 う、別に、何にもない。いじめられたなんてことはちっともない。


「えっと、特にないよ。さっきぬいぐるみ作ってたからそれのこと考えてた」

「そっか、ぬいぐるみ作ってたのか。今回はどんなぬいぐるみ作るの?」

「うん。おっきいしゃーくんのぬいぐるみ作るの」

「おお、大作だねえ。できたら見せてね」

「うん」


 出来上がったらいつもお母さんに見せていた。

 今回も見せようと思っていたけれど、今回は出来上がる前に見せる約束をした。


 がんばろ。


 しゃーくんになるようにちゃんと作らなきゃ。型紙もちゃんと作れたし、大丈夫。失敗はしない。


 ご飯を食べてテレビを見てたら天がお風呂から上がってきた。今度は私の番だ。


「お風呂、入ってくるね」


 パジャマを取ってきて、洗面所で服を脱いで浴室に入った。シャワーを出すと、冷たい水が出てきた。なんでいつも初めは水が出てくるんだろう。最初からお湯が出ればいいのに。このお湯に切り替わる時間が肌寒くて煩わしい。


「お前、キモいんだよ」


 あ。


 また思い出してしまった。


 思い出さなくてもいいのに。狭い浴室に私は一人だった。鳴り響く、シャワーが床を叩く音。家の中なのに、独りの空間。温かくなったシャワーから湯気が立ち上り視界を悪くする。私は椅子に座って頭にシャワーを当てた。


 あったかい。


 独りじゃない。


 私には家族がいる。


 家族がいるんだもん。


「ううう、うう……」


 さっきはちっとも出てこなかった涙が溢れるように溢れ出した。涙はシャワーと混ざって流れていく。


 私は独りなんだ……。


 私は……独りなんだ。


 心なんて死ぬわけない。悲しいものは悲しいんだ。


 このまま溺れるように死んでしまおうか。そうしたら楽になれるんじゃないか。


 ダメだダメだ。死んじゃうなんて絶対だめだ。そんなことをしたらお母さんたちが悲しむ。


 ダメだ、絶対に。泣きながら、頭を洗った。長い髪を丁寧に洗って、体も泡立てた泡で丁寧に洗った。顔を洗って、ほっぺをペチンと両手で叩いた。


 もう泣くな。学校で独りだからなんだ。いじめられてるからってなんだ。私はそれでも学校に行きたいんだ。お婆ちゃんのためにも、私自身のためにも。


 お風呂を上がって、私はぬいぐるみの続きを少しだけした。少ししかしてないのにあっという間に時間は過ぎて、もう二十二時を過ぎていた。


 ちょっと夜更かしをしてしまったかもしれない。


「おやすみなさい」


 明日の決意も込めて、私は天井におやすみなさいをした。もちろん誰かから返事が返ってくることはなかった。


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