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たかしちゃん  作者: 溝端翔
プロローグ
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なんだか頭がまとまらない

 そして今、自己紹介の時間が近づいてくるにつれて、どんどんお腹の痛みが強くなってきた。


 もうすぐ最後の生徒が教科書を受け取って帰ってくる。


 このまま自己紹介が始まるのだろうか。それとも次の時間だろうか。


 ちょっと吐きそうで気分が悪い。頭も痛くなってきた。


 もう嫌だと思って頭を押さえて俯いていたら、先生が「高橋、大丈夫か?」と声をかけてくれた。

 その途端、今まであちこちで交わされていた小さな話し声がぴたりと止み、教室中の注目が私に集まった。


 こわい。


 一目散にここから逃げ出したいという衝動に駆られた。


「すいません……。保健室行ってきていいですか?」


 自分でも、自分の顔が青ざめているのがはっきりとわかるくらい血の気が引いていた。


 いいですか。


 と聞きながら、私はもうこの視線から逃れることしか考えていなかった。


「大丈夫か。ちょっと保健委員……はまだ決めてないんだったな」


 先生はちょっと狼狽えた様な感じで教室を見渡した。

 先生が誰かを指名する前に「私一人で行けます」と小さく手を挙げると、先生はほっとしたように「そうか。気をつけて行ってこいよ」と言った。


 ほっとして、ふらふらと教室を出た。


 階段が隣にあってよかった。よその教室の前を歩かなくても済む。


 このまま自己紹介が終わるまで教室に戻りたくない。と思いながら階段を降りて保健室へ向かった。


 保健室のドアをこんこんとノックすると「はいどうぞー」と保健室の先生の声がした。


「失礼します……」


 保健室ってあんまり入ったことないから緊張する。

 薬品が入っている棚やカーテンに仕切られたベッドが三つある。少し消毒液の匂いがして学校というよりも病院に近い気がした。


「あら顔色悪いわねえ、どうしたの? ほら、ここに座って」


 先生が優しく声をかけてくれて少しほっとした。私は言われた通り先生の前にある小さい丸椅子に腰掛けた。


「えっと、ちょっと、体調が悪くて……」

「熱測ってみましょうか。朝から体調悪いの?」

「朝はそんなに……」


 朝というよりも、昨日から、体調ではなく気持ちが苦しかった。でもそんなこと先生に言っても仕方がない。


 先生に渡されたちょっと古いデジタルの体温計をセーラー服の胸当てのボタンを外して、そこから脇に挟んでじっとする。体温が測り終えるまですることがない。先生と話すこともない。先生は何か書き物をしている様子だった。


 まだ測れないのかな。


 気の遠くなるような時間が流れた気がする。やっと、ピピピと音がなって体温を測り終えた。熱はそんなにないだろうと思っていたのに、三十七度八分だった。


 体温計の表示を見たたら急に頭がくらくらしてきた。


「三十七度八分ね……、ちょっと熱ねえ。他にはどこかしんどいとかある?」


 しんどいとこ……。ちょっと頭がくらくらしてて、お腹が痛くて。ちょっと吐きそうで。なんだか頭がまとまらない。


「……お腹が、痛いです。あと、ちょっと吐きそうです」

「うーん、病院行った方が良さそうねえ」


 机に向き直った先生は、何かの書類に目を通しながら独り言のようにそう呟いた。


「ちょっとそこのベッドで横になっててくれる? 先生は親御さんに連絡してくるから」

「はい」


 その言葉でふっと体が楽になった。


 先生がお母さんに連絡をするってことは、迎えにきてもらうためだと思う。今日はもう授業を受けなくていい。自己紹介もしなくて済むってことだよね。


「二年の高橋さんであってるわよね?」

「あ、はい」


 ……やっぱり。

 保健室にはあまりきたことがないのに、保健室の先生も私の名前を知ってるんだ。


「ごめんなさい。何組かしら?」

「あ、……えっと、三組です」


 先生が出ていった。カーテンの締め切られた保健室は少し薄暗い。静かな保健室に私はひとり。なぜか、先生のふかっとした背もたれのちょっと豪華な椅子が急に魅力的に感じられて座りたくなる。


 だめだめ。


 首を横に振って不思議な誘惑を遠ざけると、私は上履きを脱いでベッドに横になった。ベッドは硬かった。

 カーテン、これ閉めてもいいのかな。でも閉めないと誰か入って来た時に丸見えになっちゃうな。閉めてもいいよね……。

 私はカーテンをしっかりと閉めた。自分で閉めたのに急に狭い場所に閉じ込められた感覚に陥った。


 ふう。

 大丈夫大丈夫。

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