なにが入っているの?
月曜日、朝起きたらお父さんは眠っていた。居間には私と天とお母さんとお婆ちゃんだけ。昨日あんなに話したのに、ここにいないって思うと寂しくなる。
隣の寝室には居るんだけど……。
「いってきます」
行きたくないなあと思いながら、私は重い腰を上げた。
「いってらっしゃい」
いつも通りの風景。何も変わらない通学路。楽しくもない。学校についたって、何も楽しくもない。もう早く帰りたい。今日は何をされるんだろう。嫌なことばかり頭に浮かぶ。昨日はあんなにも楽しかったのに。
教室に入ると、一瞬静かになった気がする。私が入ってきたからだ。私に注目して、みんな動きを止めるんだ。馬鹿にするように。
席に着くと椅子の上に砂が少し落ちていた。多分、机の中の乾いた土が落ちたんだと思う。なんだか机の中に何か入っている気配がした。誰かが触らないとこんなに土が落ちるわけがない。しゃがんで机の中を覗いてみても暗くてよく見えない。
何か細長い何かがあるような気配はした。だから私は砂だらけの机の中に手を突っ込んでみる。何か冷たいものに触れて、驚いて手を出した。
なに。
なにが入っているの?
もう一度中を確認してみる。暗くてよく見えないけれど、なにかロープ見たいな太さの長い何かが入っているような感じがする。怖いけれど、恐る恐るもう一度手を入れて、触って確認してみる。
やっぱり、細くて長いものが入っているのがわかった。細くて、長くて、少しザラザラしている。硬いけど力を入れると柔らかくて、ふにょっとなるのがわかった。
ホース?
もしかしたらホースかもしれない。ホースってこんな感触だったような気がする。大きさも同じような感じだし。
でも誰がこんなところにホースを入れたの?
どういう悪戯?
私は少し苛立ちながらホースを取り出した。しかし、それはホースではなく、茶色い蛇の死骸だった。
「きゃあああああ」
私は慌てて蛇の死骸を放り投げた。蛇の死骸は空中を飛んでいって前の席の女の子、降尾さんの頭に当たって床に落ちた。
「やああああ」
降尾さんと私の悲鳴で教室内はパニックに陥った。
ぎろりと降尾さんに睨まれた。
「何するのよ、なんで蛇なんて持ってるの。それを私に投げてくるの? 馬鹿なんじゃないの、お前きもいんだよ」
机を蹴られた。私は罵倒されるのをただただ受け入れるしかなかった。意味がわからない。頭の整理が追っ付かない。何が起こったの。今、何が出てきたの。
私はしばらく呆然としていた。するとだんだんと頭が追いついてきて、彼女の罵倒も飲み込めた。蛇だ。蛇が私の机の中に入っていたんだ。それを降尾さんに投げつけてしまった。罵倒されるも当然だ。私ならそんなことされたくない。でも……。
これ……私が悪いの?
確かに、私は蛇を降尾さんに投げつけてしまったけれど、元はと言えば私の机の中に蛇の死骸を入れた誰かが悪いんじゃないの?
それでも、そんなことは降尾さんには関係ないのか。だって、投げつけたのは私で、投げつけられたのは降尾さんなのだ。だから。
「おい、早くこれどうにかしてよ。馬鹿なの? まじできもいんだけど。早く捨てろよ。なあ、男女。お前がやったんだろ」
だから、降尾さんがこんなに私を叱責するのは当然なんだ。だからといって、私はどうしていいかわからなかった。蛇なんて触れない。さっきは知らなかったから触れたけれど、今はもう蛇だって分かってる。こんなの無理だ。頑張れない。蛇なんて触れない。
私にはできない。できっこない。
「おい、高橋。お前に言ってんだよ。どうにかしろって。お前の蛇だろ」
私の蛇じゃないもん。
すると、前の席に座っていた金髪の女の子、吉良さんがスッと立って蛇を拾い上げ、後ろのゴミ箱の中に放り込んだ。
「捨てたんだからこれでいいでしょ」
「いい、けど」
降尾さんは力が抜けるようにばたりと椅子に座った。
助けてくれた?
それとも、うるさかっただけ?
わからない。わからないけれど、私は助かった。よかった。
今更だけど、直接罵倒されたことが悲しくなってきた。
私、やっぱり嫌われてるんだ。みんなに、嫌われてるんだ。孤独が私をつまみ上げたような気がした。足元には仲の良い雰囲気のクラスメイトたち。でも、そこに私は含まれていない。
私はたった一人ぼっち。その輪の中には入れない。




