私は幸せだ
「あう、おどうざん、ふぐが……」
「いいよ。スッキリした?」
「うん。スッギリじた」
「たかしちゃん、なにがあったの?」
「お父さんたちに、話せる?」
私はすごく迷った。何を話そうか。どれを話そうか。すごく、すごく迷った。今ここで本当のことを打ち明けたら、私は一体どうなるんだろう。学校に行きやすくなるのかな、いじめがなくなるのかな……。
ううん、多分、そんなことにはならない。
お父さんとお母さんに本当のことを伝えて、それが先生に伝わって、先生がみんなを叱って。それで終わりだ。その後のことは何も保証されてない。犯人が分からないんじゃ仕方がない。
それに、ずっと先生が見守ってくれるわけじゃないんだ。ずっとお父さんとお母さんが見守ってくれるわけじゃないんだ。結局は自分一人で学校生活を送らなければならないんだ。
「あ、あのね。手芸屋さんの店員さんに、まだ子供だからって、ぬいぐるみ作れないって言われたの。お遣いじゃないの? って言われたの。それが悔しくて、悔しくて……」
結局、私は嘘をつく事を選んだ。いいんだ。だって、言ったところで学校生活が変わるわけじゃないんだから。私はもう何度も嘘をついている。今更嘘をつくことに躊躇いはなかった。
「……そっか。びっくりしたよ、たっちゃん急に泣き出すんだもん」
「本当よ、お母さんだってびっくりして……うわああん」
「あはは、なんでお母さんまで泣き出すのさ」
「だって、だってえー」
お母さんも、お父さんにひっついてしばらく泣いていた。お父さんの服は私とお母さんの鼻水でずるずるになった。お父さんは服を着替えてまた机に戻ってきた。私はお父さんの膝の上に座って、頭を撫でてもらった。
お父さんのたまの休みにこうして撫でてもらえたら、私は幸せだ。
これでいいんだ。学校には行く。いじめにも耐え抜く。そうだ、決めたんだ。
「お姉ちゃん! お姉ちゃんばっかりずるい!」
「ちぇ」
野球から帰ってきた天に押しのけられて、お父さんのお膝を取られてしまった。
「天はどうだ? 学校楽しいか?」
「楽しいよ! 野球も楽しい! 前の学校も楽しかったけど、今の学校も楽しいよ」
天はいいな。前も、今も、本当に楽しんでいる。私とは違う。天は嘘じゃない。でも私は嘘だ。大嘘だ。今もみんなに嘘をつき続けている。最低だ。でもいいんだ。私の生き方は、これでいい。
なんかしんみりしちゃったな。
「あれ、たっちゃんどこ行くの」
「宿題がまだだから。ご飯まで宿題しよっかなって」
「そっか。頑張ってね」
「うん、ありがと、お父さん」
お父さんの『頑張ってね』はとても心強かった。
頑張るよ。お父さん。




