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たかしちゃん  作者: 溝端翔
たかしちゃんと新しい学校
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油性ペンの線を消す方法

「たかしくーん、たかしくーん」


 教室の外から私?を呼ぶ女の子の声が聞こえた。


「セーラー服着てる、たかしくーん」


 やっぱりそうだ。誰かが私を呼んでいる。

 私はしらんぷりをした。私はたかしくんじゃない。そんな名前で呼ばれても、返事なんか絶対にしない。教室の中で立ち尽くして、じっとして、声が無くなるのを待った。


 もしかしたら教室まで来るかもしれない。来たらどうしよう……。


「ちっ、無視かよ」


 足音が、ぞろぞろと、多分一つじゃない足音が教室から遠くなっていった。よかった。どこかに行ってくれた。本当に教室に入ってきたらどうしてたんだろう。危ないところだった。

 彼女たちの足音が聞こえなくなってから、多分二十分くらい、私は肩を震わせながら教室の中でじっとしていた。もしかしたら戻ってくるかもしれないと思ったからだ。だけれど、彼女たちの声も足音も戻ってくることはなかった。


 もう、帰ってもいいかな。


 教室を出ると、誰もいなかった。階段も、下駄箱も、誰もいなかった。靴に履き替えて校舎を出た。校門の前には女の子が二人、立ってお話をしていた。もしかしたらさっきの女の子かもしれない。私は俯きながら早足でその女の子たちの脇を通り過ぎた。


 何も言われなかった。二人は私のことを気に止めることすらなかった。良かった。あの人たちは違ったみたいだ。


 私はもしかしたら急に現れるんじゃないかという不安を抱きながら帰路に着いた。

 でもその不安は杞憂に終わり、私は家に到着した。


「ただいま」


 返事が返ってこなかった。多分お母さんは何かしているんだろう。靴を揃えて脱いで自室に戻って部屋着に着替えた。一階の居間に降りると、おばあちゃんがワイドショーを見ていた。


 そうだ。油性ペンの線を消す方法、おばあちゃん、知ってるかな?


「ねえ、おばあちゃん」

「なんだい?」

「油性ペンで机に間違えて書いちゃったんだけど、消す方法ってある?」


 お願い、おばあちゃん。消す方法知っていて。私は祈りながら聞いた。


「油性ペンかい。油性ペンならアルコールで拭き取れば綺麗に消せるよ」


 おばあちゃん知ってた。良かった。でも、アルコールって。


「お酒のこと?」

「いんや、消毒液とかだねえ。あとはマニキュアの除光液なんかでも綺麗に拭き取れるよ」


 除光液。確かお母さんが持ってたはずだ。


「ありがとうおばあちゃん!」


 やった、やった。消せる。あの文字を消せるんだ。


「お母さん、除光液貸して!」


 お母さんはキッチンでご飯の支度をしていた。今日はハンバーグっぽかった。嬉しい。


「除光液って、マニキュアの? 何に使うの?」

「机に書いちゃった油性ペン消すの」

「あらそうなの。マニキュアの箱の中に入ってるから使っていいわよ」

「ありがとうお母さん」


 やったやった。消せる。明日消せるんだ。


 油性ペンの消し方さえわかれば、何回書かれたって怖くないぞ。大丈夫。私は大丈夫だ。それに、明日行ったら土日だ。学校はお休みだ。大丈夫。さっきのおばあちゃんの笑顔見た? とっても嬉しそうだった。私はちゃんと出来てるんだ。あとはこの生活を続けるだけ。たったそれだけだ。


 悪戯をされても、どんどん解決策が見つかる。大丈夫だ。私は学校に通えるんだ。


 晩御飯のハンバーグはとてもジューシーで美味しかった。お母さんの手料理はとても上手だと思う。お風呂を上がってから、わざとサインペンで机に線を引いてみた。手で擦っても、消しゴムで消しても消えない。


 でも、除光液なら……。


 消えた!


 ティッシュでさっと拭くだけで、サインペンの線が簡単に消えてしまった。


 こんなにあっさり消えてしまうなんて。ちょっと拍子抜けするくらい簡単に綺麗になってびっくりした。おばあちゃんすごい。明日、朝消しちゃおう。


 よかった。消せるんだ。

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