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たかしちゃん  作者: 溝端翔
たかしちゃんと新しい学校
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高橋という名前が書いてあった

 涙が溢れてくるのを隠すように机に突っ伏した。


 私は今、体操着姿で泣いている。数学の授業の最中に、泣いている。


 制服も無くなったんだ。


 もう、学校なんて来なくていいかな。だって制服がないと来られないんだもん。


 そういや、私はなんのために学校に来てるんだっけ……。

 そうだ、おばあちゃんの為だ。おばあちゃん、喜んでくれてるかな……。


うん、喜んでくれてる。


 私は知ってる。家であんなに笑顔で話私の頭を撫でてくれる。私はいま、こんなに苦しいけれど、おばあちゃんが最後まで安心していてくれるように、私は、頑張るんだよね。


 こんなことで、泣いてちゃダメだよね。


 でも、涙が止まらないんだ。おばあちゃん。少しだけ、許して。明日からは泣かないように頑張るから。


 数学の授業が終わって、社会の授業が終わって、昼休みになっても制服が出てくることはなかった。

 私は休み時間になるたびに制服を探した。それでも見つからない。授業が始まるたびに先生に言い訳をする。ノートも取れないし制服もない。本当に辛い時間が流れていって、やっとの思いで授業が終わった。


 授業が終わると、帰りのホームルームがあった。私はまだ体操着だった。私の姿を不思議がって雲藤先生が話しかけてきた。


「どうした高橋、体操着のままじゃないか」

「え、えっと。セーラー服が汚れてしまって。ダメだってわかってたんですけど、体操着のままいました」

「そうか。制服は大丈夫か?」

「大丈夫です、家帰って洗えば。大丈夫です」

「そうか、気をつけろよ。制服は親御さんが買ってくれた大切なものだからな」

「はい」


 でもね先生。そのセーラー服も、今やどこに行っちゃったか分からないんだ。


 先生は今日のことや明日のことを連絡して、ホームルームを閉めた。


「じゃ、また明日。元気でな」


 私はいつも全員が出ていくまで席に座って待っていた。教室を出るために誰かとせめぎ合いになるのが嫌だった。あまり誰かに近づきたくない。一人がいい。


 しばらく待つと教室はしんと静まり返った。私はその音に合わせて立ち上がってカバンを持った。

 教室の後ろのドアから出る。どうしてか、ふと、教室の後ろのドアの横にあったゴミ箱の中が気になってちらっと見た。そこにはセーラー服が捨てられていた。


 私のだ!


 私は慌ててゴミ箱の中にあるセーラー服を取り出した。服の裏のタグを見ると、高橋という名前が書いてあった。


 これは、私が書かなくてもいいって言っているのにお母さんが勝手に書いた名前だ。本当に私のセーラー服だ。スカートもちゃんとある。

 足の力が抜けて、その場に座り込んで、私はセーラー服を抱きしめた。


 ああ、良かった。明日も学校に来れる。本当に良かった……。


 私は女子トイレに駆け込んだ。いつもの奥の個室に入って。体操着からセーラー服に着替えた。


 あ、制服汚れたって言ったのに、着てたらおかしいかな……。


 トイレの中でしばらく考えたけれど、やっぱり体操着のまま帰るのは恥ずかしいということになった。トイレから出て、出来るだけ先生とすれ違わないように早足で周りを確認しながら学校内を歩いた。

 無事先生とはすれ違わずに学校から出れた。私は今日も早足で帰った。もう早く帰りたくて仕方がなかった。


 家に帰ると丁度おばあちゃんが玄関にいて、少し驚いた。


「ただいま」

「あら、おかえりなさい。今日も楽しかったかい?」

「うん、楽しかったよ。大丈夫」


 少し息が上がっていて、なんだか嘘がバレそうで、脱いだ靴を揃えもせずに階段を上って自分の部屋に入った。


 もう、嘘をつくのが当たり前になってしまった。私は大嘘つきだ。こんなんで、おばあちゃんは喜んでくれているんだろうか……。ううん、喜んでくれている。だって、笑ってくれている。だからもう、これを続けるしかない。私にはこの生き方しかないんだ。


 脱いだセーラー服をハンガーにかけて、汚れていないかチェックする。


 大丈夫、汚れていない。明日も着ていける。


 明日は何をされるんだろう。でも、負けない。もう泣かない。大丈夫。私は強いんだ。何をされたって、耐えられる。


 私は……強いんだ……。

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