本当にごめんなさい
次の日のお昼休み、まだ根波さんは一人で席に座っていた。今日一日ずっと一人だった。日向さんたちは休み時間になると教室からいなくなる。こんな日がそう何日も続くかどうかわからない。もうチャンスは今しかない。そう思った。
「きらなちゃん。私、根波さんのとこ行ってくる」
深呼吸をしてからきらなちゃんに宣言した。心臓が音を鳴らすように大きく脈打つのがわかる。
「大丈夫、たかしちゃん。私も一緒に行くよ」
きらなちゃんは力強く私の手を握ってくれた。心臓が少し静かになった気がする。
「ありがと」
きらなちゃんが一緒に来てくれる。それだけでどれだけの勇気が湧き上がるだろうか。
私は意を決して立ち上がり、根波さんの机の前に向かった。
「あ……」
根波さんは私の顔を少し困惑したような顔で見上げた。とても寂しげな顔をしていた。
「根波さん。こんにちは」
「…………」
声をかけたけど、根波さんから返事は返ってこなかった。
立って、見下ろして話したら怖がらせちゃうかもと思って、私は根波さんの前の席に勝手に座った。根波さんがなんだかホッとした顔をしたような気がした。
「根波さん。あの……あのね。私、お話があるの」
「…………」
再び話しかけても返事は返ってこなかった。大丈夫、返事は返ってこなくても、聞いてはもらえているから。続けるんだ、私。
「あの時はごめんなさい。急に叫んじゃって、無視して、ごめんなさい」
根波さんは目をまんまるくして驚いた顔をしていた。
「……なんで、高橋さんが謝るの?」
よかった。根波さんが返事をしてくれた。私はそれがとても嬉しかった。
「ひどいことしたなって、思うから。本当にごめんなさい」
「そんなのおかしいよ!」
根波さんの目からは大粒の涙が溢れていた。根波さんはどうして泣いているんだろう。何があったんだろう。私はとても根波さんのことが気になった。
「だって! 私たちがしたことはもっと、比べ物にならないくらいひどいことだったんだよ? なんで? どうして高橋さんが謝るの? 謝るべきなのは私たちの方なのに。こんなの、こんなのおかしいよ」
根波さんは立ち上がって、顔を真っ赤にして言った。怖くはなかった。謝るべきなのは私たち。根波さんはそう言った。それだけでもういいと思えるような気がした。
「根波さんはもう謝ってくれたでしょ?」
「あんなの、ちょっと謝ったくらいじゃん! まだ芽有ちゃんたちは謝ってないし、私もまだまだ謝り足りないよ! 全然、謝り足りないよ。それだけ酷いことをしたんだもん。高橋さんが、学校に来れなくなるくらい、酷いことをしたんだもん。なのに、なのになんで高橋さんが謝るのさ」
根波さんが泣いて、私が笑っていた。いじめられていたあの時とは逆だって思った。でも、多分今はどっちも嫌な思いをしていないと思う。
「私も根波さんに謝りたいって思ったから。それは先週、根波さんが謝ってくれたからだよ。私、根波さんとお話がしたい」
私のことをいじめた相手に対して心の底からそう思っている。そのことに、驚きはしなかった。なんとなく、根波さんが優しい人だって、私は気づいていた。
「なんで、なんで私をいじめ返そうとしないの? 私は高橋さんにとって嫌なやつじゃないの?」
「嫌なやつじゃないよ。怖い人だったけど、今はなぜだか怖くないの。多分、もう根波さんのことを許してるんだと思う。そんで、私も許して欲しいって思ってるんだと思う」
私が根波さんと話している間、きらなちゃんはじっと黙って後に立っていてくれた。だから私は安心してお話ができてるんだ。きらなちゃんありがとう。後でいっぱいありがとうってしないとな。
「私に、許してもらう? 私は高橋さんに何も嫌なことはされてない。私たちは、転校生で、変な名前だったから、目をつけただけ。高橋さんが何かしていても、何もしなくても、いじめてたと思う」
やっぱり名前か……。でももう、私はこの名前が好きだから。名前のせいにはしたくない。
「それでも、それでも私は悪いことをしたと思ってるから」
「…………」
根波さんは、黙って涙を拭って、そっと席についた。
「ごめん、なさい」
「こっちこそ、ごめんなさい」
私は大きく頭を下げた。
「うん」
「じゃあこっちも。うん。許してあげる。だから私のお願いを一つだけ聞いてくれる?」
大人みたいに、私は交渉を持ちかけた。別に、そんな大それたものじゃないけれど。
「な、なに……?」
「私たちのお友達になってほしいな」
「えっ」
根波さんのまんまるおめめは、涙で潤んでいる。頬が赤らんでいて、またきらなちゃんとは違う可愛さを持った女の子だなって思った。




