みんなで私をいじめているんだ
この後も……三時間目以降も何かされるんだろうか。
明日も私はいじめられるんだろうか。
今日からずっといじめに耐えなければいけない日々が続くんだろうか。
何をされるんだろう。
誰にされるんだろう。
怖い。
当たり前だけれど、いじめられるのは怖かった。
私はノートを閉じて、カバンの中に仕舞い込んだ。席に座って、私はボロボロと涙を流した。それでも誰も私に近づいてくることはなかった。多分、みんな、私がいじめられていることを知っているはずだ。みんな、誰かが私のノートに悪口を書いているところも、犯人のことも見ているはずなのに、私のことを知らん顔する。一緒だ。みんなで私をいじめているんだ。
ふと視線に気づいた。私の席の右の列の前から二番目に座っている金髪の女の子だ。名簿で名前は覚えた。吉良さんだ。その吉良さんと一瞬目があった。吉良さんはすぐに私から目を逸らした。私に何か言いたいことがあるのだろうか。それとも犯人は彼女なのだろうか。私にはそんなことも分からない。いま、ノートに悪口を書かれていじめられたという事しかわからなかった。
もうあのノートは使い物にならないな……。先生にあんなもの見せられない。あんなノートを見せたらいじめを心配される。そしたらお母さんに連絡が入って、いじめられてるんだってバレて……。
だめだだめだ。絶対だめだ。
絶対あのノートは見つかる前に捨てなくっちゃ。ノート、新しいの買わないとな。あぁ、でも、買ってもまた書かれるのかな。机に突っ伏して、私は声も出さずに泣いた。
右側の方から笑い声が聞こえてきた。誰が笑ってるんだろう。犯人かな。どうでもいい。学校。来たくないな。いじめられにくるなんて、馬鹿みたいだ。
でも、まだ一回だけいじめられたくらいだ。明日からは何事もなく、いじめもなく生活ができるかもしれないもんな。まだ友達だって出来るかもしれない。それにこんなこと、お母さんにもお父さんにも、おばあちゃんにも相談できない。担任の雲藤先生にだって相談できないな、お母さんたちに連絡されちゃうかもしれないもん。一人でどうにかしないとなんだ。
私、一人で……。頑張らないとな……。
三時間目、四時間目とどんどん時間が過ぎていった。その間何かされるんじゃないかと思ってずっと身構えていたけれど、何にもされなかった。
ただ平穏な時間が流れ続け、気づけば最後のホームルームになっていて、なんだか肩透かしを食らったような気になった。別にいじめてほしいわけじゃないけれど、もっと何かされると思っていたから。
私は足早に家に帰った。どうしても早く帰りたかった。何かされるかもしれない空間にずっといるなんて私には無理だ。
「た、ただいま」
ほぼ走って帰ってきたから息も絶え絶えだ。早く、お母さんとおばあちゃんに会いたい。家の中に入りたい。
「おかえり。どうしたの?」
「ううん、はぁ。走ったら、どれくらいで帰れるのかなって、思って」
「そうなの? どうだった?」
「うん、早かった」
ばかだ。ばかみたいな答えだ。でも、私の心は安心を取り戻した。冷たくなっていた心が温かくなってくのがわかる。
よかった。無事に帰ってこれたんだ。
「私、着替えてくるね」
「うん、お母さんももう少ししたらご飯の準備するね」
「うん」
私は自室に行った。カバンを床に置いて、そのまま床にへたり込んだ。普段走らないから足がガクガクだ。でも、へたり込んだのはそのせいじゃない、安心したからだ。私の心が守られる場所はある。大丈夫、この場所があれば、明日からも……問題ない。
ぽろりと涙が目からこぼれた。
「うああーん」
私は声を出して泣いた。下には聞こえないように、小さな声で、でも声を出して。
お母さん達にはいじめられたなんて言えない。悲しませることなんてできない。お母さん達には私が楽しく学校生活を送っていると思っていて欲しい。だから、私が頑張らないとだめなんだ。
……大丈夫。だって、いじめに耐えるだけだもん。
独りに耐えるだけだもん。
私にだって、それくらいのこと出来る。いや、出来るじゃない、やるんだ。やらなくちゃなんだ。
しばらく泣いていたら、次第に涙が出なくなって、私はベッドに寝転んだ。目を瞑るととても気持ちよかった。ああ、ここは大丈夫だ。安心できる。私は大丈夫。しばらく泣いたおかげで頭の整理がついていた。負けない。そんな気持ちが強くなっていた。
「ご飯よー」
うっすらとお母さんの声が聞こえる気がする。でもまだ眠い。寝かせてほしい。
「たかしちゃーん。たかしちゃーん」
待ってよ。もう少しだけ寝かせてよ。眠いんだもん。
「お姉ちゃん!」
天が勢いよく私の部屋の引き戸を引いて入ってきた。私は驚いて飛び起きようとしてベッドから滑り落ちた。
「いったーい」
「あはは、お姉ちゃんパンツ丸見えー」
「ばか! 天のえっち! 出てって!」
「えっちじゃないもん! ご飯だよーって言いにきたんだよ!」
「わかったから、もうお姉ちゃん起きたから。先に降りといて」
「はーい。おかあさーん! お姉ちゃん寝てたー!」
天は戸を開けっぱなしのまま、居間にいるお母さんに階段から話しかけながら降りていった。
「セーラー服のまま寝ちゃった」
背中とお尻の部分が少し皺になっていた。アイロンかけてもらおっかな……まぁ、これくらいなら大丈夫かな。私はセーラー服を脱いで皺を伸ばすようにしてハンガーにきちっとかけた。
薄い紫色の部屋着を着て居間に降りた。




