男として好きなのは
「ただいまー」
「お邪魔しまーす」
「たかしちゃあああん! 大丈夫だったああ?」
玄関の戸を開けるとお母さんが突っ込んできた。私はお母さんに抱きしめられながら尻餅をついた。
「いったああい! もう! お母さん! 何すんのさ!」
「だってだって。たかしちゃん学校行っちゃうんだもん。行かなくていいって言ったのに。もうお家にいていいよって言ったのに。またいじめられたらって思ったらお母さん怖くて怖くて。うわああん」
「もう、心配しすぎなの! 全然大丈夫だったんだから!」
お母さん。今日ずっと心配してくれてたのかな。私がダイワ中学校でいじめられてから、お母さんは学校に行かなくていいって言ってくれた。だからその言葉にずっと甘えて学校を休んでいた。だけどやっぱり学校には行きたくて、きらなちゃんやただしくんたちと学校で遊びたくって、私はもう一度学校に行くことに決めたんだ。
「うあわああん」
やっぱり、お母さんずっと不安だったんだな。
「お母さん。ありがとう」
私はお母さんをぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫だったよ。いじめなんてなかったよ。きらなちゃんがね、ずっと守ってくれたから」
「綺羅名ちゃん。ありがとう」
お母さんは立ち上がって今度はきらなちゃんに抱きついた。
あっ、ずるい。私のなのに。
私は重い腰を持ち上げて立ち上がり、お尻をぱんぱんと払った。
「私、何もしてませんよ。たかしちゃんが強いんです。私はたかしちゃんと遊んでただけです」
「こんなお願い、綺羅名ちゃんにするのはおかしいかも知れないけれど、ずっとたかしちゃんの友達でいてね。お願いね」
「もちろんです! ずーっと友達ですよ! ねーたかしちゃん」
「うん! ずーっと友達! ねえ、お母さん。ずっときらなちゃんに引っ付いてないでお家入ろうよ。きらなちゃんも困ってるよ」
「そっか、そうだよね。ごめんね綺羅名ちゃん」
「いえ、大丈夫です。なんか嬉しかったです」
「ほら、上がって上がって」
お母さんは草履を脱いで玄関に上がった。それに続いて私たちも靴を脱いで玄関に上がった。
「お母さん、私たちはお部屋で遊んでるからね」
「お邪魔しまーす」
「ええ、こっち来ないの?」
「来ないの。お母さんはご飯作っててね」
「はあい」
とても残念そうな顔をしながらお母さんは居間に入って行った。
「いこっか」
「うん」
ぎしぎしと階段を登るとすぐに私の部屋がある。
「たかしちゃんのお母さんって面白いよねえ。なんかたかしちゃんに似てるからさっき緊張しちゃった」
「面白くないし似てないよう。もう、困っちゃうんだから。きらなちゃんのお母さんはお母さんって感じがしていいよね」
「たかしちゃんのお母さんってなんか友達っぽいよね」
「そうなんだよね……なんか距離が近いっていうか。子供っぽいって言うか。もう慣れちゃってるんだけど。きらなちゃんのお母さんみたいなの憧れるなあ」
きらなちゃんは私のベッドの上に胡座をかいて座った。ベットの上はきらなちゃんの定位置になっている。
「私はたかしちゃんのお母さんみたいなの憧れるよ。一緒に遊べるじゃん。ジャスコとか行ってさ」
「確かに、それは楽しい……かな。二人でお洋服見てかわいいねって。最近は二人で買い物行ったりはしてないけど」
「いいなーいいなー。私のお母さん服の趣味が全然違うからついて来てくれないんだよ。酷くない?」
「確かにそれは寂しいねえ」
「でしょー? たまには私みたいな服着てくれたらいいのにって思ってるんだけどねえ。そうだ。たかしちゃんのお父さんってどんな人?」
「お父さん? どんな人かあ。お休みは少ないけど優しいお父さんだよ。いつもお父さんがお休みの日はお喋りしてる」
「そうなんだ。いいなあ。仲良いんだ」
「きらなちゃん、お父さんと仲悪いの?」
「いや、別にそういうわけじゃないんだけどさ。なんか最近どうやって話したらいいかわかんなくなってきてね。小学校の頃は普通に話してたし、一緒に遊びに行ったりもしてたんだけど、最近はたかしちゃんとばっかり遊んでるし、うちのぱ、お父さんも休みが少ないから話す機会も何となく減ってきて……。んー! わかんないけど! とにかくなんかわかんないけど話すの苦手になっちゃった」
「きらなちゃんもそんなことあるんだねえ。話しにくいのかあ。うーん。そうだ。阿瀬君とも話しにくいって言ってたし、好きなんじゃない? お父さんのこと。ってそりゃそうか、お父さんだもんね」
「えええ、ぱぱ、じゃなくてお父さんのこと好きとかそんなわけないじゃん。むしろ嫌いぐらいよ。」
「ええー、好きじゃないの? 私お父さんのこと好きだよ?」
「そうなの? 男として?」
「ふふふ、お父さんとしてだよう。男として好きなのはただしくん……って何言わせるのさ!」




