ポニーテールの女の子がトイレの前に立っていた
「お、高橋じゃないか。もう大丈夫なのか?」
朝のホームルームの時間になって、教室に入ってきた雲藤先生が私を見つけた。
私はうんうんと無言で頷いてにっこりして見せた。
「そうか。元気そうでよかったよ。みんな、高橋と仲良くするようにな」
「はーい」
きらなちゃんが元気よく返事をした。他にも阿瀬君とここちゃんが返事をしてくれた。他のみんなは返事をしなかった。ちょっと心がちくっとしたけど、でも平気だった。多分、日向さんたちにいじめられたおかげで私の心は強くなっていた。
久しぶりの授業はとても楽しかった。つい去年まで、授業を楽しいと思ったことはなかったと思うけど、とても楽しかった。学校を休んでいる間自宅学習をしていたおかげで、あまり周りに置いていけぼりにされていなかった。
これならまだまだ全然着いていける。
わからないことがあったら積極的に先生に聞こう。テストの時にはちゃんと追いついてないと。
「たーかしちゃん。トイレ行こー」
「きらなちゃん。しー。あんまりおっきい声で言ったら恥ずかしいよう」
「そー? ただのトイレじゃん」
休み時間になるたびにきらなちゃんがすぐ私の席に遊びに来てくれた。今も授業が終わってすぐに来てくれて、私は嬉しかった。
カバンは……置いといていいよね。
日向さんたちにいじめられている時は、おトイレに行くときは鞄を持っていかないと絶対に何か嫌がらせをされてたけど、もう大丈夫だと思って、私は鞄を教室に置いておトイレに行った。
「たかしちゃんー、お腹すいたー」
私は返事ができなかった。だって、きらなちゃんおトイレしながら話しかけてくるんだもん。そんな恥ずかしいこと私にはできないよ。
おトイレから出て、私はきらなちゃんに話しかけた。
「きらなちゃん、おトイレしながら話すのは恥ずかしいよう」
「そー? 別にいいじゃん」
「ダメなものはダメー。きらなちゃんって女の子の嗜みちゃんとしてるようでしてないよね」
「そーかねえ?」
トイレから出ると、一人のポニーテールの女の子がトイレの前に立っていた。どうみても、私の方を見ている。
あれって確か、根波さんじゃなかったっけ。日向さんたちと一緒に私のことをいじめていた女の子だ。体が一気に強張った。
「たかしちゃん、大丈夫?」
きらなちゃんがこそっと私に声をかけてくれた。私は小さく頷いた。
「あ、あの」
「はい」
緊張する……。根波さんが。私をいじめていた女の子が今私に話しかけようとしている。どうしよう、何言われるんだろう。怖くてきらなちゃんの手をぎゅっと握った。
「……ごめんなさい!」
深々と根波さんは頭を下げた。そして、走って教室の中に入っていった。
「ど、どうしたんだろう」
体の強張りが一気にとけて、力が抜けた。
「心でも改めたのかね? どうする? ごめんなさいだって」
「うん、どうしよう」
まさか根波さんに謝られるとは思ってなかった。というか日向さんたちのグループの誰かに謝られるとは思っても見なかった。どうしたらいいんだろう。私は確かに日向さんたちにいじめられて辛い思いはしたけど、あの時。水風船を投げ合ったあの日、もう全部私は過去のことにして、過ぎたことにしようって思ったんだ。
「そういえば、プールに行った時も根波さんにごめんなさいって言われた気がする」
「え! プールで会ったの? 芽有たちと?」
わ、そうだった。これは内緒にしてたんだった。
「えっと、ね。会ったの。流れるプールで。でも、何にもされなかったし、心配かけちゃうかなって思って言ってなかったの。ごめんなさい」
「いや、謝らなくてもいいけどさ。ほんとに何もされなかったのね?」
「うん。何もされなかった」
「それならいいわ。……あのさ。たかしちゃんはまだ芽有たちのこと恨んでるの?」
「……ううん。まだ怖いなあとは思うけど。恨んだりはしてないよ。私も悪かったかなって思ってるし。あの時されたことは全部もうなかった事にしようって思ってるくらい」
「そっか、じゃあ、どうしよっか」
「うん、返事、しないとだね」
「やっぱ返事するんだ。たかしちゃん。強いね」
「そんな事ないよ。きらなちゃんがいてくれるからだもん。だから、返事する時きらなちゃんも一緒にいてね?」
「もちろんだよ」
教室に戻ると、根波さんは日向さんたちとお話をしていた。さすがにその中に入って根波さんだけに声をかけることはできなかった。。
怖かった学校は自分が心配しているよりもあっさりと登校できた。これだったら毎日でも来れそうだって思った。だけど、根波さんという問題が新しくできてしまった。
どうすればいいんだろう。
私は、どうすればいいだろう。




