頑張れ私
通学路を学校に向かって歩いていると、一人、また一人と同じ制服の生徒が増えてきた。同じクラスだったとしても、多分わからない。
そう考えると同じクラスの人に見られている気がして、逃げるように少し早足になった。早足で歩いていると、すぐに学校の校門の前まで辿り着いた。校門にある時計を見たけれど、時間的にはあまり早くはなっていなかった。
校門をくぐって校舎の中に入ると、大きな下駄箱がいくつも並んでいる。私の下駄箱は入ってすぐ目の前にある下駄箱の、奥から二列目の一番上だった。私の身長的にはちょっと高い。私はよいしょと上履きを取り出して、今さっき脱いだスニーカーを代わりに入れた。靴から上履きに履き替えて、二階にある教室に向かう。
大丈夫、緊張はしていない。
大丈夫、大丈夫。
自己暗示をかけながら階段を一段ずつ登っていった。教室の前に着くのは早かった。
大丈夫。頑張れ私。
深呼吸をして、教室の前の扉を開けた。
「おはようございます」
私は勇気を出して挨拶をしながら教室に入った。だけど誰かが返事をしてくれることはなかった。悲しくなった。
頑張ったのに。
私が席についても誰も近寄ってこない。昨日はあんなに集まってくれたのに。誰かが私の所に来る気配はない。それどころか遠くからこそこそと何か言っているような気配を感じる。とても嫌な感じだった。
でも、原因はわかってる。それは私の名前だ。それから、名前について触れられて、私が急に怒ったからだ。当然だ、急に怒鳴るような人間に誰も近づきたいと思わない。私だって急に怒る人と仲良くなりたいとは思わない。昨日、私は大失敗をしたんだ。でも大丈夫。私が頑張れば、私から声を掛ければ、どうにだってなる。友達だって、できるはずだ。
前の席の女の子。確か、名前は降尾飛鳥さん。ボブカットできれいな髪をしている。顔はあんまり見たことないけれど、昨日は私に話しかけてくれた。もしかしたら、私が話しかけたら、返事をしてくれるかもしれない。そしたら、友達になれるかもしれない。少し声を掛けるだけ。それだけでいいんだ。
頑張れ自分。頑張れ。
「あの……、降尾さん」
勇気を出して、声を出した。降尾さんの肩を叩いて、声をかけた。
「なに?」
振り返って返事をしてくれた。鋭く吊り上がった降尾さんの目が少し私を困らせた。怖い。と思ってしまった。
「あ、えっと。その」
次の言葉が出てこない。私は黙り込んでしまった。話しかけないとってわかっているのに、何も言えなかった。
「用もないのに呼ばないでくれる? 私のこと馬鹿にしてるの?」
「い、いや、そんなことないです。そうじゃなくって」
「あっそ、じゃ。もう話しかけないでね」
降尾さんはそのまま前を向いてしまった。勇気を出して話しかけてみたけれど、全然ダメだった。失敗した。私は誰かに声を掛けるのが怖くなった。
だめだ、もう出来ないや。
授業は難なくこなした。でも、休み時間に私が誰かに声を掛けることはなかった。私は今日、ずっと俯いたまま過ごした。周りの声は騒がしいけれど私にとっては静かな一日だった。
何か私の空間だけ切り離されたような、そんな時間がずるずると過ぎていく。気づけばそんな日が一日、また一日と当たり前のように過ぎていった。
誰も私に関わろうとはしない。
私も誰にも関わろうとしない。
私の周りに見えない空気の層ができているような感じがした。
一週間なんてあっという間に過ぎていった。何もない一週間だったけれど、いじめられるということがなかったのは幸いだった。失敗をしたらいじめられると思っていたから。そのことを考えると、とても嬉しかった。頑張った。
このままじゃ友達なんてできないけれど、普通に学校に通えば、おばあちゃんだって喜んでくれると思う。お母さんたちにはずっといない友達の嘘をつき続けなければいけないけれど、そんなのは簡単だ。
いいんだ、嘘でも、喜んでもらえるのなら。
だって、私は頑張った。すごく頑張った。これ以上ないくらい頑張ったんだ。初めての転校も、苦手な自己紹介も、自分から話しかけにいくことだってやった。どれも全部失敗に終わったけれど、私は拍手を貰ってもいいと思うんだ。
このまま学校に通うだけでも、いいんだと思った。
だから、休み明けの月曜日、私のノートに書かれたいっぱいの悪口を見て、私は心の底から悲しくなった。




