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たかしちゃん  作者: 溝端翔
たかしちゃんと新しい学校
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もう一度「行ってきます」と言った

 朝、四時四十七分に目が覚めた。


 まだ目覚まし時計は鳴っていないのにもう目が覚めてしまった。


 絶対昨日早く寝たせいだ。私はパジャマのまま居間に降りた。居間にはまだ誰もいなかった。まだみんな寝てるんだろう。いつもはわちゃわちゃと賑わっている部屋の空間は電気も点かず暗く静かで、なんだか寂しくなった私は自室に戻ることにした。


「ふぅ……。早く起きすぎちゃったな」


 早起きは三文の徳って諺は聞いたことがあるけれど、なんの徳にもならないじゃないか。


 誰も起きてないし寂しいし、学校のことを考えて緊張するし……。

 今日も誰か話しかけてくれるかな……。今日こそちゃんと返事をしなきゃ。でも昨日は私が怒ってから、誰も話しかけてこなかった。誰も話しかけてこないのに、私から話しかけにいってもいいんだろうか。嫌だと思われないだろうか。


 あー、ほら。どんどん緊張する。やだなあ。アラームが鳴るまでもう一度寝ようかなあ。


 ベッドに寝転がって天井を見上げる。木造の天井は少し汚れていて落ちてくるように気がしてくる。ちょっと怖くなって横を向いて目を瞑った。


 ……全然眠れない。


 学校のことを考えると全然眠れなかった。そもそももう目が覚めているから眠れるわけもない。ベッドから飛び降りて、机に座った。


「勉強しよ」


 私は今日勉強するであろう授業の範囲を予習することにした。別に勉強は好きではないけれど、嫌いでもない。

 予習用のノートにどんどんと新しい知識を書き込んでいく。三教科目が終わったあたりで突然目覚まし時計が鳴った。


「にゃっ」


 勉強に集中していたからびっくりした。そうだ、六時になったら目覚まし時計が鳴るんだった。


 私はやかましく鳴る目覚まし時計を止めて窓の外を見た。さっき見た時よりも外は明るくなっていた。カバンの中に今日の授業で使う教科書とノートを入れる。さっきまで使っていたペンケースも入れて、忘れ物がないか確認する。


「うん、大丈夫」


 洗面所で顔を洗って、歯を磨いた。服が濡れないようにタオルを首に巻いて服の中にキュッと仕舞い込む。

 相変わらず私の顔は嫌いだ。洗面台の鏡に映る自分の顔を見て、嫌な気持ちになる。顔と歯をきれいにし終わって、居間の引き戸を開けると卵焼きとお味噌汁のいい匂いがした。もうおばあちゃんは起きてきていて、お母さんは朝ご飯の準備をしていた。天はまだ寝ているのかな。姿が見えなかった。お父さんはいつもこの時間はまだ寝ている。多分今も寝てるんだと思う。


「おはよー」

「たかしちゃんおはよー」


 お母さんとおばあちゃんが声を揃えて返事をしてくれた。やっぱり返事をしてもらえるのは嬉しい。温かい気持ちになりながら、私の定位置に座った。


「おっはよー」


 ランドセルを持って天が勢いよく居間に入ってきた。朝から元気いいなあ。


「おはよ」

「天ちゃんおはよー」


 私たちは朝から機嫌がいい天に挨拶をした。


「はい、はい。今日は卵焼きとほうれん草のおひたしね」


 次々と私たちの前に出来上がったばかりのご飯が並べられていく。最後に、炊飯器と茶碗を持ったお母さんが席についた。


「大盛!」


 天は手をあげて大きな声で言った。私は小さくもなく、大きくもない声で「少なめ」と言った。


 いただきます。


 みんな揃って食べ始める。私はご飯を少なめにしたのに、最後まで食べていた。


 ぼーっと朝のテレビ番組を見ていたら、出発の時間が近づいてきた。

 七時三十五分。今日は昨日と違ってゆっくりめだった。教室には八時までに着いていればいい。朝のホームルームが始まるのが八時二十五分からだから、大分に余裕がある。

 私は席を立って自分の部屋に戻った。ハンガーにかけていたセーラー服をハンガーから外してベッドの上広げてに置いた。パジャマを脱いでセーラー服に着替える。スカートのジッパーをじいっと上に上げた。


 ああ、今日も学校に行くんだ。緊張がピークに達して、口から心臓が飛び出そうだった。必死に口を閉じて、喉を引き締めた。そうすると少しだけ安心できた。


 カバンを持って、私は居間に行った。みんなに行ってきますを言うためだ。


「い、行ってきます」

「行ってらっしゃい。気をつけてね」


 小学校は中学校よりも遠いから天は私よりも十分早く家を出ている。玄関口に揃えて置かれていたお気に入りの赤いラインの入ったスニーカーを履いて、私は家を出発した。


 家を出る時、もう一度「行ってきます」と言った。さすがに居間にまで私の小さな声は届かないので誰からも返事は返ってこなかった。


 ちょっと悲しかった。

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