なんでお母さんまでついて来たのさ
冷房の効いた涼しい電車の中。私たちはうちから遠く離れた街のプールに向かっていた。電車は空いていて、私たちは座席に座っていた。私はきらなちゃんとれいかちゃんの間に座っている。
「ねー、昨日のパジャマもう着た?」
「ううん、まだ着てない。今度みんなでお泊まり会した時に着ようと思って取ってあるの」
「わー、私も同じー。部活のお盆休みがさ。十六日までだから、その間に一回お泊まり会しようよ! 誰の家でもいいからさ」
「いいねー。ここも来る?」
向かいに座っているここちゃんにきらなちゃんが聞いた。
「うーん、僕はいいや。シュートとサッカーする」
「いや、待てよ。俺の予定勝手に決めるなよ」
「なんでー、どうせ暇じゃん。サッカーしようよ」
「いいけどさ。忠も一も来るだろ?」
「まあ、日によっちゃ。俺さ、これがいるから」
「その小指がどうした。折ってあげようか」
「怖いこと言うなよ。まあ行ける時は行くよ」
阿瀬君、ただしくん、縫合くん、ここちゃんの順で前の席に座っている。人気の少ない電車はただゆっくりと目的地に向かって揺れながら進んでいる気がした。どうしてゆっくり進んでいる気がするんだろう。
「て言うかさ、なんでお母さんまでついて来たのさ」
「だって遠くに行くんでしょ? 誰か大人がついてないと心配じゃない。お母さんは今日は泳ぎません。お荷物当番です。荷物を見張っておく人も必要でしょ?」
「ありがとうございます」
きらなちゃんとれいかちゃんがお辞儀をした。
「私のお母さん今日来れなくて」
「うちも時間ないって。たかしちゃんのお母さんが来てくれて助かります」
「全然いいのよー。こういうの初めてだから私も緊張しちゃうわ」
はあ、友達だけで遊びたかったなあ。お母さんなんてついてこなくとも大丈夫なのに。そんなに遠くに行くわけじゃないんだから。電車で一時間くらい……まあ、遠くか。なんかやだなあ。
「はあ……」
「いいじゃんたかしちゃん。荷物番してくれるんだって、遊び放題だよ?」
「そうそう、それに安心じゃん。何かあった時は助けてもらえるんだよ?」
過去に何かあった時のことを思い出す。
……ははは。お母さんが一番慌ててるや。頼りになるのかなあ。
「まあいっかあ。いっぱい遊ぼうね」
「ちゃんと水着持ってきたー?」
「持って来たよう。帰りのお洋服も持って来た」
「そういや、せっかくたかしちゃんが履いてない服着てるのに、忠何にもいってこないわね。て言うか誰も何も言わないわ。こんなにかわいいのに」
「いいよう、恥ずかしいからあんまりみられるよりはそっちの方がいいもん」
「何言ってんの、彼氏にはちゃんと感想もらわないといけないでしょ。ほら、立って」
揺れてる電車の中、きらなちゃんに立ち上がらされた。
「ほら、忠、たかしちゃんこんなにかわいい服着てるわよ。何か言うことはないの?」
「ポテチが……。って、え?」
阿瀬君たちと話していたただしくんがびっくりした顔でこっちを向いた。
「え? じゃないわよ。あんた彼氏でしょ、褒め言葉の一つや二つあってもいいと思うけど?」
「いや、だって、たかしのお母さんいるし……」
「何? びびってんの?」
「びびってねえよ。そうじゃなくて恥ずかしいだろ? そう言うのはこそっと言えばいいんだって」
「こそっというの?」
「いや、恥ずかしいから言わないけど……」
「何よそれ! ここ、あなたたかしちゃんみてどう思う?」
「動きやすそうだなーって思う!」
ふふ、ここちゃんはここちゃんだなあ。
「そうじゃなくて見た目の話よ。かわいいでしょ?」
「うん、たかたかはかわいいと思う!」
あう。
「やっぱりね。じゃあ一は? どう思う?」
「かわいいと思うよ」
縫合くん?
流石にちょっと恥ずかしい。
「おい、一!」
「なんで? だってそうじゃん。忠もそう思ってるんでしょ?」
「ま、まあ、そりゃ」
「素直じゃないなあ。蹴人も吉良さんのこと可愛いと思ってるよね?」
「は、はあ? 急に俺に振んなよ。思ってねえよ」
「嘘だね。チラチラみてたの僕気づいてるからね」
「み、見てねえよ」
「ううん、阿瀬くんは見てる。私にはわかる」
「た、たかし?」
「確かに、何度か蹴人と目があったわ。どう? かわいい?」
「かわいくねえよ! ふつーだよふつー! いつも通りだよ」
「いつも通りかわいいって言えばいいのに。どうする? 吉良さん誰かに取られちゃうよ?」
「取られちゃうよ?」
「なんだよ取られるって!たかしまで」
「で、忠。返事は?」
「ぐっ、もう忘れたかと思ってたのに」
「忘れてないわよ。ほら、たかしちゃん今日はあんたのためにこの服と水着選んで着てるんだから。彼氏として一言二言あってもいいでしょ」
「そ、そりゃ。もちろん。……かわいいよ」
うう、ドキドキする。嬉しい。頑張って良かった。
「ヒューヒュー」
「おい御城。後でチョップな」
「だ、だめだよ! れいかちゃんにそんなことしちゃだめ!」
「う、わかったよ。しないよ」
「よしよし」
私はただしくんの頭を撫でた。
「さ、忠のかわいいも聞けたことだし戻ろっか」
「うん」




