私は適当に嘘をついた
「おかえりたかしちゃん。どうだった」
「うん。楽しかったよ」
私は適当に嘘をついた。
でも授業が楽しかったのは本当だ。私は誰に責められるでもないのに自分に言い聞かせた。
「そっか、よかった。転校なんてお母さんも初めてだったから……。お母さんずっとたかしちゃんのこと心配してたんだよ」
「お母さんは心配しすぎなの。転校なんて別にどうってことないよ。もうお友達もできたし」
「お友達できたの? お話聞かせて!」
嘘は嘘を積み重ねる。友達なんてできてないのに友達ができたなんて言ってしまった。
「待って。私今帰ってきたとこだから。お母さん慌て過ぎ。私、着替えてくるね」
「そっか。また後で聞かせてね」
相変わらず踏むだけで軋む階段を上って、自分の部屋に戻った。
どうしよう、友達なんてできてない。なんて話そう。どんな嘘を吐こう。鞄を床に置いて、ベッドにセーラー服のまま仰向けに大の字で寝転がった。はあ。疲れた。もう、疲れた。このまま本当に友達ができなかったら、私はずっといないはずの友達のことを話さないといけないな……。
やってしまったと思ってももう遅い。
嘘は吐いてしまったら吐き続けないとバレてしまう。バレたらお母さんを悲しませることになる。本当に友達が欲しい。心の底からそう思った。でも、今日私は大きな声で怒鳴ってしまった。涙腺を引き締めていた筋力の力がなくなったみたいにボロボロと涙が溢れ出した。
泣こうとしていないのに、どうしてか涙が溢れてくる。周りに集まってきていた女子たちの顔が次々と思い浮かんでは消えていく。怒鳴った私を見て、去っていく顔が思い浮かんでは消えていく。返事ができれば友達ができると思っていた。でも、私の周りに集まったみんなは私を馬鹿にして笑った。
また、名前が邪魔をした。
こんな名前をつけたお母さんもおばあちゃんも死んじゃえば良いのに。
やだ。そんなこと、思いたいくないよ……。
お母さん、おばあちゃん。私、友達できないかもしれない。それでも学校は頑張るから、見ててね。嘘ついてごめんね。
三十分くらい泣いていると、自然と涙は止まった。泣いたら気持ちが軽くなった。考え方も少し前向きになった気がする。私から声をかければ、もしかしたら誰か友達になってくれるかもしれない。
そうだ、待ってるだけじゃダメなんだ。私から声をかけて、友達になってくださいって言うんだ。まだ今日は大失敗はしていない。笑われたけど、怒鳴ったたけど、私はまだ誰にも歩み寄れてない。
うん、大丈夫。明日、頑張ろう。
机に座って今日の宿題に手をつけた。まだ学期が始まったばかりだから勉強はそこまで難しくない。宿題を終わらせるのにそこまで時間はかからなかった。ちょうど宿題が終わった頃、お母さんが下から私と天を呼んだ。ご飯ができたんだ。今日のご飯はなんだろう。
「はあい。今降りまーす」
お母さんに返事をして、セーラー服から部屋着に着替えて一階の居間に向かった。
まだこたつ布団がある机の上には生姜焼きとキャベツの千切りが乗ったお皿が四つ乗っていて、そのうちの一つの前に座った。もうすでにおばあちゃんと天は机の横に座っていた。私はお母さんの前が定位置だった。私の隣はお父さん。
骨折しているおばあちゃんはいつも机の横で座椅子に座っている。
「はいはい、今ご飯入れるからねー」
お母さんがキッチンから右手に炊飯器、左手に茶碗としゃもじを持って現れた。そのまま残っていた生姜焼きの前に座って炊飯器を床の上に置いた。
「天ちゃんは大盛ねー」
「うん! 大盛!」
お母さんが天の可愛いカッパの描かれたお茶碗にこんもりとご飯を盛って、天に手渡した。
「たかしちゃんは?」
「ふつー」
茶碗すり切りいっぱいくらいの量を盛った黒猫のお茶碗をお母さんから受け取った。
「はい、母さんはこれくらいね。お母さんは普通っと。はい、じゃあ食べましょっか。いただきます」
「いただきます」
みんなで手を合わせていただきますをした。お母さんはいつもご飯の量を聞いてから茶碗に盛ってくれる。私も天みたいに大盛にする時もあるけど、今日は普通の気分だった。お父さんはいつも晩ご飯の時には居ない。お仕事が終わるのはいつも十時を回っていて、私や天が寝てから帰ってくる。
あまりお父さんとは会えなくてちょっと寂しい。だからお父さんがお休みの日はいっぱいおしゃべりをする。次のお父さんのお休みはいつだろう。お父さんともお話をしたいな。学校のお話とか、したかったなあ。
今日の失敗を思い出して少し気分が暗くなった。
「僕ねえ、友達いっぱいできたよ! 拳士くんでしょー、守隆くんでしょー、淳くん! それからあざみちゃんに香奈ちゃん。拳士くんと守隆くんは野球やってるんだって。どこか? 忘れちゃったけど野球チームがあって、そこで一緒にやってるって。今度の日曜日練習があるから見においでって! 行っていい? 野球やっていい?」
天が嬉しそうに学校で起こったことの話をし始めた。私と違って普通の名前で、笑われることのない天は積極的で、もう何人も友達を作ったらしい。休みの日に遊ぶ約束もしている。
野球かあ。運動神経がいいのは羨ましいな。
私は投げられたボールをキャッチすることも、置かれたボールを蹴ることも苦手だ。
「そっかそっか、そんなことがあったんだ。楽しい学校でよかったね」
お母さんは生姜焼きを食べながら、天の話に返事をしている。その顔はとても嬉しそうで、安心したような顔だった。おばあちゃんも嬉しそうだ。
「たかしちゃんは? たかしちゃんもお友達ができたんだって?」
お母さんは天の話を一通り聞いた後、私に話題を振った。お母さんに悪気はない。
だってそれが嘘だって知らないから。




