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たかしちゃん  作者: 溝端翔
たかしちゃんと新しい学校
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私の名前に触れないで

「ねえねえ、東京から来たって言ってたけど、東京ってどんなところ?」

「そのリボンおっきいね、どこで買ったの?」

「たかしって名前男の子っぽいけど、どう思ってるの?」

「ねえねえ、教えて」

「お話ししよ」

「高橋さん」


 急にいろんな人から話しかけられて、私の人見知りが発動した。


 とても怖かった。知らない人に囲まれて、大きな声で話しかけられる。名前のことも聞かれた気がした。正直逃げ出したい。いますぐトイレにでも駆け込みたい。そう思った。けれど、これは友達を作るチャンスなんじゃないかと思った。だから、返事がしたかった。


「お嬢様結びを留めてるんだこのリボン、可愛いね」


 そうでしょう?

 おばあちゃんに作ってもらった、私の宝物なの。


「髪長いね、つやっつやだしすごく羨ましい!」


 そうでしょう?

 お手入れは大変だけれど、今は伸ばしてるんだ。


「高橋さんすっごい美少女だね、可愛い、お目目ぱっちりだ。まつ毛もふぁさって生えてて羨ましいなあ」


 そんなことないよ。

 私は可愛くない。全然そんなことないんだよ。


 心の中では簡単に返事ができるのに、口にしようとすると難しかった。でも頑張るって決めたんだ。私は自分の出来ることをするんだ。仲良くしたいんだ。


「り、リボンは、おばあちゃんに作ってもらい、ました」

「へえ! すごいね! おばあちゃんの手作りなんだ。すっごい似合ってると思うよ!」

「たかしって名前は?」


 ズキっと音が聞こえるくらい心臓に何かが刺さったような気がした。


「え、えっと」

「たかしってさ、変じゃない? ずっとたかしなの?」

「そりゃずっとたかしでしょ。私ずっときいだもん。名前が変わる時なんてなかったよ」

「そりゃそっか。じゃあずっと変ってこと? 大変じゃない? 病院とか男に間違われそう」

「確かに、たかしくーんって呼ばれそう」


 あっはっは。


 周りにいた子たちは笑い出した。


 私は俯くしかなかった。多分悪気はないんだろうなと思ったけれど、私の心はズタズタに引き裂かれていた。私の名前の話題で盛り上がらないで。私の名前に触れないで。


 お願い、私に関わらないで。


「だってたかしだもんね」

「私もたかしくんって呼ぼっかな」


 やめて、もう名前の話はしないで。


「私だったらやだなー」

「私もやだー」

「だってたかしだよー?」

「ヤダヤダ、たかしくんなんて呼ばれたくない」

「たかしなんて嫌だー」

「あっ」


 一人が『やってしまった』みたいな顔をした気がする。私は震えてた。涙がつーっと頬を伝うのがわかった。もう嫌だ。名前なんて大っ嫌いだ。


「私の名前を馬鹿にしないで!」


 やってしまった……。


 私もそう思った。その時にはもう遅くて、私は立ち上がって叫んでいた。私の叫び声を聞いて、コソコソと話しながらみんながばらばらと私の元から離れていった。


「たかしちゃん。ごめんね」


 一人だけ、金髪をツインテールにしている女の子、その一人だけ謝ってくれた。謝るくらいなら笑わないで欲しかった。私は返事もせずに知らん顔をした。


 それから私は残りの授業を受けた。授業と授業の合間にある休み時間に誰かが話しかけにくることはなかった。そりゃあ、あんなに叫んだら誰も私と関わりたいと思わないだろう。


 名前だって変だし。


 それでも、金髪ツインテールの女の子とは何度か目があった。その度に私は目を逸らした。不良の女の子には目をつけられたくないと思って少し怖かった。


 校門の目の前に立った。朝とは違い、今は学校の敷地の中から。私は今から解放される。学校から解放される。友達はできなかったけど。叫んでしまったけど、学校の授業はちゃんと受けられた。


 明日はもしかしたら友達ができるかもしれない。


 明後日ならもしかしたら。誰かが話しかけてくれるかもしれない。


 私は校門をくぐって帰路に着いた。

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