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たかしちゃん  作者: 溝端翔
たかしちゃんと新しい学校
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たかしでしょ?

 教室のドアはガラガラと音を立てて開いた。


 教室に綺麗に整列して座っている新しいクラスメイトたちの顔が一斉に私の方を向いた。


 怖い。


 でも緊張はしているけれど、昨日の夜に思っていたよりもリラックス出来ている気がする。大丈夫。普通に自己紹介をするだけだから。


 黒板の前に置かれた教台の横に立って、黒板の真ん中に名前を大きく書いた。大丈夫。教室がざわめくのが背中を向けていてもわかる。

 大丈夫、大丈夫。前を向き直して、お辞儀をした。


「初めまして。東京から引っ越してきました、高橋たかしです。好きなことはお裁縫です。みんなと仲良くなりたいと思っています。部活動はまだ決めていません。よろしくお願いします」


 大きくお辞儀をした。苦手な自己紹介を私は頑張った。声もちゃんと大きな声で言ったし、今朝鏡の前で練習した笑顔も出せたと思う。私に出来ることはこれが限界だ。もうこれ以上私に出来ることはない。やれるだけのことはやった。


 教室の中はざわついた静寂がしばらく続いた。もちろん思っていた通り私は教室で注目の的になった。クラスメイトたちは、まるで動物園の檻の中で飼育されているパンダを見るように、私と黒板に書かれた私の名前を物珍しそうに指差している。次第にざわつきが大きくなっていき、笑い声がどこからか沸き起こる。その笑い声に誘われるように他の生徒も笑い始めた。


 やっぱり。


 どうせ、ダメだと思っていた。


 涙が溢れてくる。


 頬を伝って新品の上履きの上に落ちた。転校したところで友達なんて出来っこないんだ。楽しい学校生活夢見ていたけれど、もう諦めるしかないのかも知れない。私の名前はそれだけで笑われる対象なんだ。おかしいんだ。変なんだ。これから私はこの学校でも一人、寂しく残りの学校生活を送ることになるんだ。


 お婆ちゃん。私、頑張ったよ。でも……だめだったよ。


「せんせー。たかしでしょ? 男なのにセーラー服はおかしいと思います」


 楽しそうに私を馬鹿にする女の子の声に、どっと教室が沸いた。


 耳に入ってくる音が笑い声だけになり、音もどんどんと大きくなる。きつい。私を馬鹿にする多くの声が胸をズタズタにする。私は今からこのクラスに転入するんだ。こんなにも、人を馬鹿にする人たちの中で私の学校生活はスタートする。あとはもう、これ以上に酷くなる以外考えられなかった。目の前が真っ暗になって、新しいクラスメイトたちの笑う顔が脳裏をよぎっていく。怖くて悲しくて、私はその場でしゃがみ込んでしまった。


 ごめんなさい。


 もう、これ以上は頑張れないよ御城さん。おばあちゃん、ごめんね。もっと頑張りたかったけど、やっぱりだめだ。


 溢れる涙が止まらない。次から次へと湧いてきては床に落ちていく。それでも笑い声は止まらなかった。


 助けて。お母さん。もう帰りたいよ。こんなところ、いてられないよ。


「おいお前ら、静かにしろ」


 先生の一声で、教室が静かになった。私の啜り泣く声だけが教室にはあった。


「あのな、高橋は女の子だ。それの何がおかしい。お前たちは今何に笑っているんだ。たかしって名前が男の名前だって誰が決めたんだ。いいか、先生はまだ高橋のことを何も知らないけれど、すごく頑張り屋なのは知っている。お前たちに笑われることを覚悟して、自己紹介をしたんだ。それのどこがおかしいことなんだ。先生は、お前たちにおかしなところを笑うんじゃなくて、良いところを笑える人間になってほしい。……高橋、大丈夫か」


 少し救われた。先生が助けてくれた。私は俯きながらも先生が私に差し伸ばしてくれた手をとって立ち上がった。


「高橋の席はあそこの一番後ろだ。行けるか?」


 私は小さくこくんと頷いて、一つだけあった誰も座っていない机に座った。鞄を机の横に掛け、私は俯いた。


「ということで、今日から新しい仲間がこのクラスにきた。お前らみんな、仲良くするように」


 顔を上げると、先生が教卓に立っていた。私は持っていたポケットティッシュで鼻をかんだ。


 雲藤先生と変わるようにして男の先生が入ってきた。一時間目は国語だった。先生の名前は三島みしま先生と言った。


 あっという間に、一時間目の授業が終わった。何事もなく、いじめられる事もなく、一時間目が終わった。

 それと同時に私の周りにクラスメイトたちが集まってきた。


 どっと押し寄せる波のように女の子たちが集まってきて私に一斉に話しかけてきた。

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