嫌な時は嫌って言っていいんだ
今日、阿瀬君休みなのかな?
何をどう聞いてくるんだろう。
……わっ。気づけばきらなちゃんのお母さんと二人っきりだ。緊張する。なにか話した方がいいかな。どうしよう。
「もう、誰に似たんだか、思い立ったらすぐ行動しちゃうんだから。たかしちゃん、迷惑じゃない?」
「わっ! えっと、恥ずかしい時もあるけど、迷惑じゃないです。楽しいです」
「よかった。嫌な時はちゃんと嫌って言ってね。あの子、ちゃんと嫌って言われないと気づかないっぽいから」
「はい」
嫌な時は嫌って言っていいんだ。でも、今まで恥ずかしいことはあったけど、そんなに嫌って思ったことはない気がする。きらなちゃんはちゃんと私のことを考えた上で行動してると思う。
今は違うと思うけど。
「たかしちゃん、今日は晩御飯手伝ってくれるって本当?」
「はい、きらなちゃんと一緒に手伝いたいです」
「何か嫌いなものとかある?」
「梅干しが苦手です」
「じゃあ大丈夫ね。今日はシンプルにカレーにしようと思ってるの。だから、晩御飯はあなたたちに任せたわね」
「ふ、二人で作るんですか?」
「そうよ。楽しみだわ。二人の手料理」
わああ、大役だあ。手伝うって思ってたのに、まさか二人で作ることになるなんて……。きらなちゃんは知ってるのかな。
「たかしちゃんはいい子ねえ」
「そ、そんなことないです」
「友達の家に置いてけぼりにされても。文句ひとつも言わないんだもん」
「それは、きらなちゃんが帰ってくるってわかってるからです。もし、きらなちゃんが帰ってこないってわかってたら、泣いちゃってると思います」
「そっか。綺羅名のこと、信頼してくれてるのね。綺羅名にたかしちゃんみたいないいお友達ができてとっても嬉しいわ。またいつでもいらしてね?」
きらなちゃんのお母さんはとても優しくて話しやすかった。
「はい! また遊びに来ます!」
「それにしても綺羅名まだかしら……」
私はソファに座ったまま天井を見上げてぼうっとしていた。きらなちゃんのお母さんはダイニングテーブルに座っている。会話はなかった。何か話した方がいいかもしれないと思ったけれど、何を話していいかわからない。早くきらなちゃんに帰ってきてほしい。それを願うばかりだった。
あ、そうだ。後でお化粧習うって言ってたっけ、そのことについて聞いてみようかな。いつするのかもわかんないし。でもお化粧ってことは落とさないといけないからお風呂の前だよね、きっと。
「あ、あの……」
「たっだいまー!」
私の言葉はかき消された。ドタドタときらなちゃんが元気になって帰ってきた。河童じゃないってわかったのかな。
「おかえりきらなちゃん、どうだった?」
「あのね、蹴人のお母さんは河童じゃなかったわ」
「そ、そっか、それで?」
「蹴人のお父さんも河童じゃないっぽい。で、二人から生まれたんだから蹴人も河童じゃないっぽい!」
「よ、よかったー」
「本当よかった。そういえば頭に水かけてるの蹴人だけだし、両親が河童じゃなかったら子供だって河童じゃないよね。そういえば蹴人は部活でいなかったわ。だから蹴人のお母さんに聞いてみた」
すごい、きらなちゃん阿瀬君のお母さんに聞いたんだ。私だったら恥ずかしくってそんなことできないや。
「はーよかった。安心したらお腹空いてきたわ。お母さんご飯……って! もうできてるじゃん!」
「うん、二人がテレビに夢中の時にはもうできてたわよ」
「そんなの早く言ってよね! たかしちゃん、こっちおいで、そうめん食べよ食べよ!」
「うん」
私は立ち上がってダイニングテーブルまで行った。
「ほら、ここ座って」
言われるがまま、私はきらなちゃんの準備してくれた椅子に座った。きらなちゃんは向かいの椅子に座った。




