ドアをゆっくりと開いた
昨日はお母さんと一緒に学校に行ったけど、今日からは一人で登校することになる。
歩き慣れない私の新しい通学路の道を間違えないように慎重に歩いた。まだまだ見慣れない通学路をしばらく歩いているとポツリポツリと同じ学校を目指して歩いているのだろう、同じセーラー服や同じスクールバッグを持った人たちが増えてきた。同じ学校の人が周りにいると思うとどんどん緊張する。今すぐにでも振り返って家に帰りたい衝動が押し寄せてきた。
その衝動に負けないように心の中で「頑張れ」と自分を鼓舞した。
どんどんと人は増えてきて、気がつけば周りにはたくさんの生徒たちがいた。
この道をまっすぐ行くと、学校の校門が見える。
校門の目の前にくると、生徒たちがどんどんと学校に吸い込まれていくのが見えた。
歩く足が少し止まってしまった。
今、この校門をくぐると私は家に帰れなくなってしまう。一歩でも学校の敷地内に踏み入ると、下校時間まで逃げることができなくなってしまう。
帰りたい。
学校を目の前にして、私の心は挫けそうだった。でも、挫けそうになると、お婆ちゃんの皺だらけの顔が脳裏に浮かんで、御城さんの優しい笑顔が背中を押してくれた。
そうだ、大丈夫。
「頑張れ。私」
一歩。
強く踏み出して校門をくぐった。もうこれで私は下校時間になるまで学校に囚われた。でもそれでいいんだ。私は今日この中学校に転校して来たんだから。
玄関を抜けて、昨日教えてもらった下駄箱に向かった。靴を学校指定のつま先の赤い上履きに履き替えて職員室に向かった。廊下を行き交う生徒たちを避けながら歩く。生徒の雑踏と話し声が私の世界をどんどんと狭くさせる。私の居場所はこの学校にないような気がしてしまう。
孤独の中を進んで歩くと呆気なく職員室まで着いた。でも職員室の扉は、重くて大きな石の扉に見えた。私には開けることが困難で、開けられないから諦めてしまおう。と思ってしまう。でも、いつまでも扉の前に立っていることも私にはできなくて、深呼吸をして扉に手をかけた。
その扉は思っていたよりも軽く、簡単に開いてしまった。
扉の奥にいた大人たちが誰が入ってきたのかを確認するように一斉にチラリと私に目を向けた。同い年の人たちとは違う怖さと緊張感で、声がうまく出なかった。
「し、失礼します」
小さな私の声に反応して、担任の雲藤先生が私の元に来てくれた。先生は昨日優しく色々と説明してくれたから少しだけ緊張がほぐれた。
「高橋、こっち座って待っててくれるか」
先生に連れられて、面談室のような場所に来た。そこには小さな背の低い机を挟むようにして二人掛けのソファーが二つ置かれていて、普段えらい人がここに座るんだろうなと思った。
「ここに座って待っててくれるか? ホームルームまでまだ時間あるけどよろしくな」
もうすぐホームルームが始まる。ということは自己紹介をしないといけないということで、名前を発表しないといけないということだ。
前の学校では名前のことでいじめられたし、馬鹿にされて笑われた。多分、今日も馬鹿にされて笑われる。そう思うと自己紹介なんてしたくなかった。学校なんて来たくないと思った。
心臓が痛いくらいにドクドクと音を立てる。
痛い。
苦しい。
このまま時間が止まればいいのに。
そう思っても時間は刻々と過ぎていって、先生に呼ばれてしまった。
「高橋、行こうか」
俯いたまま先生の足だけを見て前に進む。左胸の痛みを抑えるように両手で押さえながら。
階段を登って、三階についた。そこから左に曲がって、先生が立ち止まった。
「教室はここだからな。じゃ、先生は先に入るから、呼んだら入ってきてくれ」
教室の前についた。ついてしまった。喉から心臓が飛び出しそうだ。緊張して喉が渇く。まだみんなの前に立ってもいないのに、こんなことで上手く話せるのだろうか。
私がここで自己紹介を失敗をしなければ、学校生活が順風満帆に行くかもしれない。そう、失敗しなければ、友達ができて、一緒に遊んだり、部活動をしたり、一緒に帰ったり出来るかもしれない。
でも、失敗をしたら……?
いじめられて、一人ぼっちで、楽しくない、辛い日々を過ごさなければいけない。
頑張れ私。大丈夫。いじめられないし、失敗もしない。絶対成功する。
私はお婆ちゃんに頑張っている姿を見せたいし、楽しい学校生活も送りたい。
前の学校みたいに辛い日々を過ごすのは絶対に嫌だ。
私は変わるんだ。楽しい学校生活を送るために。
「入っていいぞー」
先生の声に合わせて、私は教室のドアをゆっくりと開いた。




