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たかしちゃん  作者: 溝端翔
たかしちゃんと新しい学校
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セーラー服に袖を通して

 五月七日月曜日。


 朝の六時に目覚ましが鳴って、私は目を覚ました。


 まだまだ眠たくて瞼が重たい。昨日の夜は今日の転校のことばかりを考えて、すごく緊張して全然寝付けなくて、ちゃんと眠れたのは窓の外がうっすらと明るくなってきていた頃だった。


 やっと眠れたと思ったのにもう起きる時間になってしまった。まだ後三時間ぐらいはゆっくりと眠りたい。転校の前の日に夜更かしをしてしまった。


 窓の外に目をやると、清々しいほどに雲がない空が広がっていて窓から差し込む暖かい朝日の光が憂鬱な私の心を少しだけ明るくしてくれた。まさに転校日和だった。


 直前になると転校はやっぱり怖い。いや、直前じゃなくても怖かった。昨日も一昨日も、ううん、前の家で転校が決まってからずっと不安で怖かった。御城さんの応援で、自分に出来ることを頑張るって決めたけれど、クラスで自己紹介をすることを考えると少し胃の辺りが気持ち悪くなる。

 どうしたって知らない人は怖いし、これから始まる新しい学校生活のことも怖い。


 転校は自分にとって出来ないことなのかもしれないと思ったりもしたけれど、やってみないと分からないと自分に喝を入れた。


 この転校を成功させて、お婆ちゃんを少しでも安心させてあげたいんだ。


 ドキドキと破裂しそうな心臓を必死に気持ちで押さえつけながら、新品でパッキリとしたセーラー服に袖を通して、綺麗なシワのないプリーツスカートを履いた。学校指定のスクールバッグには昨日学校で先に受け取った教科書たちが入っている。


 姿見の前で頭の後ろにつけたリボンを整える。

 私はあまり自分の顔を見るのは好きじゃない。だって可愛くないから。

 幼稚園の頃はよく可愛いって言われたっけ……全然そんな事ないのにな。変な鼻だし、目だって可愛くない。


 ……だめだ。どうしても卑屈になってしまう。


 にっこりと笑顔を作ってみる。私の真似をして鏡の中の私もにっこりと笑顔を作る。可愛くないしなんだか馬鹿みたいでため息が出る。


「はあ……」


 カバンを持って自分の部屋を出た。足取りがとても重たい。


 学校に行くの嫌だなあ。


 引っ越してきたお婆ちゃんの家は、東京のマンションとは違って木造住宅で、テレビドラマで見たことのある古民家みたいな感じだった。

 階段はギシギシ言うし、お風呂は自動で沸かないし、どこのドアもスライドで取っ手がなかった。しかもスムーズに開かない。

 おととい、夏は虫が多いってお婆ちゃんに聞いて、早速引っ越したいって思った。虫は嫌いだ。


 階段を軋ませながら一階にある居間に降りた。畳の敷かれたこの部屋はリビングというよりも居間だと思う。ずっと出しっぱのコタツにお婆ちゃんが電源もつけずに入ってテレビを見ている。お母さんは朝ご飯の支度で忙しそうだった。


「おはよう」

「たかしちゃんおはよう。出てるもの食べちゃっていいからね」


 お母さんの作った卵焼きをパクリと口に放り込む。あまりお腹が空いていない。緊張でご飯を食べるどころじゃなかった。

 朝ご飯を出し終わって、コタツに座ったお母さんが白ご飯を入れてくれた。手が止まっている私を見てお母さんは言った。


「あれ? たかしちゃんもう食べないの?」

「ううん。テレビ見てたから。」


 ぼーっと眺めていただけのテレビの内容を聞かれたら答えられずに見てなかったことがバレてしまう。急いで茶碗を持って少しばかりの白米を口に放り込む。なかなか喉を通らなかったけれど、ちゃんと食べないと心配をかけてしまうと思って頑張って胃袋の中に押し込んだ。


「ご馳走様でした」

「お粗末さまでした」


 頑張ってご飯を食べて、テレビ画面の左上に表示されている時間をみる。テレビ画面には【7:14】と表示されていた。

 昨日、先生には七時四十分までに職員室に来てほしいと言われていた。昨日試しにお母さんと歩いて学校へ行ってみた時間で計算すると、あと五分ほどで家を出ないといけなかった。


遅刻するのは嫌だったから、私はもう家を出ることにした。


「たかしちゃんもう行くの? 頑張ってね!」


 少し寂しそうにお母さんは両手でガッツポーズを作った。


「う、うん。行ってきます」

「行ってらっしゃい!」


 お母さんとお婆ちゃんが声を揃えて送り出してくれた。

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