私、頑張るね
「このリボンは、私が小さい頃。何歳だったかわかんないけど、私が男の子にいじめられて、泣いてる時におばあちゃんがくれた手作りのリボンなの」
あの日、このリボンを私にくれたおばあちゃんは「たかしちゃんはかわいい女の子だよ」と何度も何度も繰り返しそう言ってくれた。
リボンは小さかった私にはとても重たくて、頭が後ろに引っ張られる感じがしたのを今でもはっきりと覚えている。たくさん泣いて赤いお目目をした、小さなかわいいお姫様。
あの時の小さな私は、鏡をみながらこれでもう大丈夫だって思った。もう男の子だなんて言われないって思った。かわいいって思った。だから私はこのリボンが大好きだし、女の子の証だと思って今でもつけている。
それからも何度も男の子だとか言われたけれど、あの日、鏡を見てもう男の子だなんて言われないと、そう思った心強い気持ちが、私を支えている。
このリボンをつけている限り、私は女の子でいられるんだ。
「へえー、そうなんだ。じゃあ小さい時からつけてるんだ、物持ちいいねえ」
「ほつれたり、破れたりしたらおばあちゃんに直してもらってるから。そういえば、このリボン、ずっと大好きでつけてたけど、大嫌いだったおばあちゃんに作ってもらったものだったんだよね……」
「ってことは、昔からお婆ちゃんのこと好きってことなんじゃない?」
「そうなのかなあ」
「そうだよ! じゃないとずっとなんて付けないもん。でもちっさい時からってなると、頭よりリボンのほうが大きかったんじゃない?」
「うん、最初はリボンが重たかった。でも可愛くて大好きだからずっと付けてたの」
「なんか想像したらかわいいなあ」
「可愛くないよう」
「でもやっぱりリボンちゃんはおばあちゃんが大好きなんだね」
「うん、そうだったみたい。だって、このリボン、私の一番の宝物だから。そっか、うん、わかった。宝物をくれたおばあちゃんはやっぱり大好きなんだと思う」
「じゃあリボンちゃんは大丈夫だ。心配しなくてもいい」
「そうかなあ。あ、じゃあ私も聞いてもいい?」
「どうぞどうぞ! なんでも聞いて!」
「その可愛い星のピン、似合ってるね」
私から見て右側についている星形のピンが似合っていて可愛いって思った。
「うん? これ? って、それ質問じゃないじゃん。あはは。でもねーこれはもらったものなんだよね」
「もらったものなんだ」
「私、引っ越したんだけど、引っ越す前に仲の良かった友達にもらったの。絶対似合うからつけてって言って。引っ越して以来、会ってないからちょっと寂しいんだけどね」
「そうなんだ。会わないの?」
「うーん、会いたいけど、ちょっと怖い。嫌われてるかもしれないから」
「そんなことないよ! 御城さんはいい人だもん。嫌われてるわけないよ!」
「ふふふ、そうかな。そうだといいなあ。リボンちゃん、そろそろお母さん心配してるんじゃない?」
そうだ、黙って飛び出してきたんだった。気がつけば夕日も完全に沈み辺りは暗くなっていた。
「えっと……」
「病院の場所わかんない? 多分ねえ、この公園を出て、坂を下っていったらあると思うよ。そんなに遠くないから大丈夫だと思うけど、ついてこっか?」
「ううん、大丈夫」
一人でたどり着けるか分からなかったけれど、なんだか恥ずかしくて断ってしまった。
「じゃあリボンちゃん。またね!」
「ま、またね?」
「そうだよ! いつかまた会おうね! お話ししようね!」
「うん! またね!」
御城さんは公園から出て闇夜に消えていった。御城さんからみたら、私も暗闇に消えていったかもしれない。公園を出て坂道を下っていくと、病院が見えた。病院の前では心配そうにお母さんが私を探している様子だった。
「たかしちゃん! もう! 心配したのよ!」
「ごめんなさい」
お母さんは私を強く抱きしめてうわんうわんと泣いた。
「さぁ、今日は帰るよ」
「ちょっと待って。お婆ちゃんに挨拶してくる」
もう閉院している病院の中を走って、お婆ちゃんの病室に向かった。お婆ちゃんは窓の外の遠くを見つめて座っていた。
「お婆ちゃん。私、頑張るね。私の出来ること、いっぱいいっぱいするから。見ててね。じゃあ、バイバイ!」
お婆ちゃんの返事を聞く前に私は病室を出た。恥ずかしくて恥ずかしくてたまらなかったけど、出来た。今までの私だったら絶対にやらなかったけれど、やってみたら出来ることを知った。他にもやらなかったことが多分いっぱいある。やったことがあることの方が少ないかも知れない。
お婆ちゃんの寿命は私の行動で何も変わらないかも知れないけれど、私は私の出来ることを探して、出来ることをしよう。そう思った。
「お婆ちゃんがまた転けちゃったら心配だから、お婆ちゃんの家に引っ越ししてもいい? 学校も変わっちゃうし、今までのお友達とは遊びにくくなるけれど、大丈夫?」
数日後、お母さんは私たちにそう言った。
転校なんて絶対嫌だし、また自己紹介をするのも嫌だった。
また一から私の学校生活が始まるのかと思えば憂鬱になる。どうせいじめられるし、無視される。けれど、私は大丈夫と答えた。
不安はとても大きいけど、転校は初めての経験だ。新しい私にとって一からのスタートが出来ることはラッキーなのかも知れない。
今まで人を避けてきた私が、人に歩み寄るチャンスだった。
私はお婆ちゃんに私の育った姿を見せて、安心してほしいんだ。




