あ、ただしくんの匂いがする
「雨なのに持ってきてくれてありがとう」
「約束だったからな。ちゃんと雨に濡れないようにでかいビニール袋に入れてきたし。……じゃん、亀と鮫」
ただしくんは何重にもなった大きなビニール袋からかめさんとさめさんのぬいぐるみを取り出した。
「な? 可愛いだろ?」
かめさんは目がくりくりしてて可愛い。さめさんは牙が可愛い。二つともちょっとクタッとしている。
「うん、可愛い。ね、さめさんぎゅーしていい?」
「え、あ、お、おう」
「ぎゅうー」
あ、ただしくんの匂いがする。気がする。あ、もしかして、私、すっごい恥ずかしいことをしてるんじゃないだろうか。でも、急にやめてしまったらそれで変だと思われちゃうし。うう、ぎゅー。いいや、思う存分抱きしめてやろう。
ただしくんの顔が赤いような気がする。私の顔はもうきっと真っ赤っかだ。
「ふう、可愛い。すっごく好き」
「だろ? たかしはわかってくれるよな? 他の奴らは全然わかってくれないんだよなあ」
「こんなに可愛いのにね、ねーかめさん、さめさん」
私はかめさんの頭をなでなでした。
「よかったー、ぬいぐるみ仲間できて。この際女子だって別にいいわ。女子っつってもたかしだし」
「私だし?」
「ああ、いや、こっちの話。なあ、部活休みあったらまた来ていいか? ぬいぐるみ見にきたい」
「いいけど、でも、多分新しいのはまだ出来てないよ?」
「いいのいいの、このしゃーくんも他のぬいぐるみも何回抱きしめても飽きないから」
「ただしくんがいいなら、来てもいいよ」
来てほしい。そう思った。緊張するけど、一緒にいて楽しい。心の奥がキュッとする。きらなちゃんといる時とはまた違う感覚がする。ううん、でも、お母さんとかきらなちゃんが言うような好きじゃないって思ってる。多分。わかんない。わかんないけど!
でもきらなちゃんに思うのとは違う『ずっと一緒にいたい』って気持ちが自分の中にあるのがわかった。
「じゃあ次来るときはまた違うぬいぐるみ持ってくるよ」
「やったあ! まだぬいぐるみ持ってるの?」
「おー! まだ色々あるぞ! 大きいのから小さいのまで。今度は小さいのをいくつも持ってこようかな!」
「うん、持ってきて! 楽しみ! あ、そうだ、今度はただしくんが電話してきて。私ただしくんの休みわかんないから」
「オッケー。休みわかったら電話するわ」
よかった、今度は私が電話をかけなくていいんだ。少し安心した。そういや明日はきらなちゃん来てくれるんだろうか。多分来てくれると思う、だから早起きしないとな。
「そういや、今日は綺羅名来てないんだな。毎日来てるって聞いてたんだけど」
「うん、なんか用事があるって言って来てくれなかった」
「あいつ、変な気回しやがったな」
「変な気?」
好きとかそう言うやつかな、そう言えば、きらなちゃんはただしくんが私のことが好きとか言ってたな。ほんとかなあ。そんな人いるのかなあ。本当なら知りたい。教えてほしい。恥ずかしいけど、知りたい。
「な、なんもねえよ。こっちの話だ」
「なんもないのかあ……」
私が思う『好き』のことはさておき、私のことを好きって言ってくれる人はとても大事にしたい。きらなちゃんが言ってた。ただしくんもきらなちゃんみたいに、私のことを好きだって思ってくれてるんだろうか。どうなんだろう。私はただしくんに好かれてるんだろうか。知りたい、聞きたい。本当のことを知りたい。ぬいぐるみが好きだから、ぬいぐるみが見たいから、それだけの理由で私の家に来てるとかだったら嫌だ。ちゃんと私のことを好きでいてほしい。知りたい、知りたい。
「ねえ? ただしくんって私のこと好き?」




