私のせいだ
私、今まで気がつかなかったけれど、お婆ちゃんのことが好きだったことにいま気づいた。
学校のプロフィールとかには一番好きな食べ物の所にカレーって書くけれど、本当はお婆ちゃんの作る出汁と醤油で煮た芋の煮っ転がしが食べ物の中で一番好き。
ぬいぐるみだってお婆ちゃんに作り方を教えてもらったし、いまだにお婆ちゃんが作ったぬいぐるみほど可愛いものを作れない。
それから、今頭につけているこの大きな赤いリボンもお婆ちゃんにもらったものだ。
「たかしちゃんは女の子だから可愛いものが似合うねえ」
そういって私にくれたこの大きな赤いリボンはお婆ちゃんのお手製で、ほつれたり破れたりしたら今でもお婆ちゃんに直してもらっていた。
お婆ちゃんのこと今の今までずっと嫌いだ嫌いだと思っていた。
けれど、私の中でのお婆ちゃんの存在はすっごく大きかったんだ。
ああ、私ってお婆ちゃんのことが大好きなんだな。
初めてこの感情に気づいた。多分、一生私の名前のことは許せないけれど、好きなんだ。不思議な感じがした。
「お婆ちゃん。大丈夫かな……」
院内にあった白い自動販売機でペットボトルのオレンジジュースを買ってから病院の中をふらふらと歩いて時間を潰した。
お母さんとお婆ちゃんの話が終われば多分お家に帰れる。もう帰りたい。お婆ちゃんに会いたくない。
本当のことは何にも知りたくない。
院内を彷徨い歩いているとお婆ちゃんの病室の前に戻ってきてしまった。
お母さんが病室の前で先生と話している。お婆ちゃんとの話はもう終わったのかな。じゃあ後はもう帰るだけだろうか。
「お母さ……」
そこまで言って言葉が喉をつっかえた。お母さんと話している病院の先生の言葉が私をそうさせた。
「……ヶ月です。はい。恐らくそれくらいかと」
何ヶ月?
先生、今何ヶ月って言った?
何が何ヶ月なの?
今日から何ヶ月がどうなの?
なんの期間?
足が治る期間?
もしかして……お婆ちゃんの余命?
お母さんの顔は真剣で、泣いていて、足の治る期間じゃないことは見るだけでわかった。
そうか、余命なんだ。
嫌だ。死んでほしくない。嫌いだけど死んでほしくない。
好きだから、死んでほしくない。
確かに私はお婆ちゃんが死んでほしいと思ったことはあるけど、本当に死んでほしいわけなんかじゃないんだ。
手に持っていたペットボトルのジュースを掴む力が抜けて、汚れた床に落としてしまう。静かな病院にペットボトルが床に当たる音が響いた。
「たかしちゃん?」
お母さんに呼ばれて、慌てて逃げるように走り出した。
分からない、私は何も分からない。何も知りたくない。この病院にいるとお婆ちゃんが死んでしまいそうで、私は病院を飛び出した。まったく知らない道を泣きながら走った。
このまま私が居なくなったらもしかしたらお婆ちゃんが助かるかもしれない。
もしかしたら病気が治るかもしれない。
私のせいだ。
私のせいだ。
私が死ねって思ったからお婆ちゃんは死んじゃうんだ。私がお婆ちゃんを殺したんだ。
嫌だ、死んでほしくなんかない。もっといっぱいお話ししたい、もっといっぱいお裁縫を教えてほしい。もっといっぱい、お婆ちゃんの本当の笑顔が見たい。
走り疲れて立ち止まると、目の前は公園だった。溢れて止まらない涙をパーカーの袖に吸わせながら公園のベンチに座った。涙で滲む空は病院に来た頃よりも夕焼け空になっていて、綺麗な夕焼け空は今まで自分に起こったことが全部嘘なんじゃないかと思わせた。
「お婆ちゃん……」
その嘘みたいな夕焼け空は、現実逃避するにはちょうど良く。静かで、大きな木が一本真ん中に立っているだけの小さな知らない公園は現実を感じるには丁度よかった。
「うわあああん」
私は声を上げて泣いた。人目はなかったけれど、人目もはばからずわんわんと泣いた。
「おばあああちゃああん」
声が出なくなるくらい。涙が出なくなるくらい。私は泣いた。
「う……うっ」
もうパーカーの袖は鼻水でずるずるになって涙も受け付けなくっていた。
気がつけば止めようとしても止まらなかった涙もゆっくりと止まって、ヒックヒックとしゃっくりだけに落ち着いていった。下を向いたまま大きく深呼吸をした。まだ心の整理は出来ないけれど、頭の中は整理できた。
私がどれだけ嫌がっても、襲いくる結末は何も変わらない。
お婆ちゃんは、死ぬんだ。
「ねえ。大丈夫? これ使う?」
突然、誰かに声をかけられた。