あ、あの
「行こ、ぬいぐるみ見せてあげる。天はまた後でね。ただしくんはお姉ちゃんのお友達だから」
「ちぇ、ただしくんまたね」
「お、おう。またな。ってたかし、ちょっと待ってちょっと待って、ぬいぐるみ忘れてる」
私に手を引かれたままただしくんは隅っこの方に置いてあった濡れている大きな袋を手に取った。
「よし、行こうか」
お母さんがくすくす笑っていた。もう、笑うとこなんてひとつもないんだから。
私はただしくんの手を引っ張って階段を登った。私よりただしくんの方が軋む音が大きかった。今になって緊張してきた。私、天に嫉妬してとんでもないことしたんじゃ……。うう、ここから先は二人きりだ。男の子と、二人きり。戸を開ける手が止まってしまう。ただしくんの手を離してしまう。
「どした?」
「えっと、別に……」
「早く入ろうぜ」
ただしくんが私の頭にポンと手を乗せた。私は逃げるようにして、戸を開けて部屋の中に入った。
「い、いらっしゃい」
「お邪魔しまーす。二回目だけど相変わらず綺麗にしてるよなー。俺の部屋なんて散らかりっぱなしだよ」
「そう、かな。普通だよ。あ、す、好きなところ座って? 座布団もあるし、ベッドでもいいし」
「いや、流石に女子のベッドには座れんだろ。座布団もらうよ」
ただしくんは入り口がわに座った。私は部屋の奥に向かい合うようにして座った。
「…………」
「…………」
緊張する。ただしくんも緊張してるのか話してくれない。キョロキョロして私の部屋を見渡している。大丈夫かな。見られたくないもの全部隠したかな。下着とかちゃんとしまったかな。
「あ、あの」
「お、おう、どうした」
意を決して話しかけた。ただしくんは慌てたように返事をした。
頑張れ私、頑張るんだ。
「た、ただしくんって、呼んでいい?」
私は天に負けたくない。天にただしくんを取られたくない。もっと、仲の良い友達みたいになりたい。もっとただしくんに近づきたい。だから、ただしくんって呼びたい。
「あ、あああ、いいよ。俺もたかしって呼んでるし。呼び方くらい自由にしていいよ」
じゃあ、膝の上座っていい?
とは言えない、口が裂けても言えない。でも、天のせいで、ただしくんの膝の上、座ってみたくなってしまった。とても羨ましいって思った。男の子の友達に、こんなこと思うのは絶対変だ。変なのに、思ってしまっている。
「あー、あのね、た、ただしくん、ぬいぐるみ。しゃーくんのぬいぐるみ出来たから、みて」
私は恥ずかしさを隠すように、ベッドの横のぬいぐるみゾーンからしゃーくんを取り出してただしくんに渡した。
「うお、すげー! マジでほおじろしゃーくんじゃん。形もサメっぽい形してるし、まんまるじゃない。しかもふっかふか。なあ、抱きしめていい?」
「えへへ、すごい? すごい? 抱きしめていいよ」
ただしくんはぎゅーっとしゃーくんに顔を埋めて抱きしめた。なんだか自分が抱きしめられている感じがして、顔が赤くなる。どうしよう、どうしよう。顔赤くなっちゃった。でももうずっと赤い気がする。
「すっげー。マジで抱き心地最高。たかしマジですげぇ」
「えへへ。今回はすごい頑張ったんだー、縫製も解けないようにしっかり時間かけてやったの。本当はただしくんに一番にみて欲しかったけど、きらなちゃんが一番になっちゃった」
そっか、私、一番最初にただしくんに見て欲しかったんだ。そうなんだ。
「流石に綺羅名には敵わねえわ。でもみれてよかった。マジで最高。可愛いし」
「頑張ったんだー、前も見たかもしれないけど他のぬいぐるみも見る?」
「見る見る!」
「これとー、これとー、これとー……」
私は次々と作ったぬいぐるみを出した。総勢五体。私の頑張った結晶だ。
「このぬいぐるみ、前も思ったけどたかしに似てるよな」
ただしくんは黒い猫のぬいぐるみを抱きしめ終わってから言った。
私に似てる?
「たかしってなんか黒猫っぽいんだよなあ、天は三毛猫って感じだったけど」
「私、黒猫っぽいの?」
「うん、黒猫っぽい」
黒猫っぽいのかあ、それって喜んでいいのかな?
「べ、別に悪口じゃないよな? 嫌だった?」
「ううん、ちょっと嬉しいかも」
「よかったー。そう言えば俺もぬいぐるみ持ってきたんだよ。お気に入りの二体」




