俺たちの中じゃもう常識になってる
「いっぱい食べて、いっぱい寝ればきっとなれるんじゃないかなあ。お父さんは背が高い?」
「うん、お父さんもただしくんくらい背が高いよ!」
「じゃあ大丈夫、おっきくなるよ。そのためにいっぱい食べよう」
「はーい!」
天は自分の定位置に座って牛丼を食べ始めた。私たちも座って食べ始めた。
「あれ? た、竹達くん食べてなかったの?」
「なんか俺だけ食べるのは申し訳ないなあって思って待ってた」
「そうなんだ。食べよっか」
「うん」
「いただきます」
ただしくんは優しい、と思う。私の弟の天に対しても、嫌がらずに構ってくれた。ご飯を食べるのも待っててくれた。そういえば、私を助けてくれたお礼、まだしてなかったな。
「美味しいっす。めちゃくちゃうまいっす」
竹達くんはおかわりをしていた。おかわりをして二杯目を食べ終わっているのに、私はまだ一杯目を食べているところだった。早く百回噛む癖を治したい。でも、百回噛まないとなんだか変な気がしていけない。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「お粗末さまでした」
ただしくんが食べ終わってしまった。早く食べないと。
「ゆっくりでいいよ」
竹達くんが急ぐ私を見て言ってくれた。だめだ、心の中でもまだ竹達くんって呼んじゃう。きらなちゃんにも応援されたんだもん。今日の目標はただしくんって呼ぶことだ。私は茶碗の中の牛丼をかき込んだ。
「ほんとに一口で百回噛んでるんだな。綺羅名に聞いたときは嘘かと思ったけど」
「た、竹達くん、知ってたの?」
「俺たちの中じゃもう常識になってる。たかしは百回噛むってな。それに一口が小さい」
「うう、何その常識、恥ずかしいよう」
「いいじゃん別に、健康そうだし。俺なんてほとんど噛まないよ」
ほとんど噛まない人がもう一人いた。きらなちゃんもただしくんも鉄の胃袋なんだろうか。
「ねえねえただしくん、ちょっとこっちきてー」
天が竹達くんを呼んだ。
「なになに?」
「ねえ、ここ座ってー。あぐら! あぐらね!」
「いいけど、よしょっと。うおっ」
「えへへー、なんかお父さんみたい。似てるー」
天がいきなりただしくんの膝の上に座った。
ずるい。
じゃなくて、何してんの!
勝手に!
私のお友達なのに!
私、今ずるいって思っちゃった。うう、なんか恥ずかしい。竹達くん……じゃなかった、ただしくんの膝の上、居心地良さそうだなあ。本当にお父さんみたい。でも、男友達の膝の上なんか座れないし。天め。私のただしくんなのに……、いや、何言ってんの私のじゃない私のじゃない。
ああもう、とにかく天が!
「天! 何やってんの! ただしくんが嫌がってるでしょ!」
「えー。嫌?」
「いや、いいよ」
むう、ただしくんめ、天をたぶらかして。いいもん、早くご飯食べてぬいぐるみ見てもらうんだから。
「ねえねえ、ただしくん野球やってたんでしょ? キャッチボールとかできる?」
「お、やるかー? キャッチボール。できるできる。つっても今日は雨だからなー、また今度部活が休みの日だな」
「次はいつ休みー? あ、でも、僕土日は野球があるんだった」
「お? 少年野球習ってるのか。いいじゃん。楽しい?」
「楽しいよ! 友達がやってたから入ったんだけど、もうチームメイトみんな友達になった!」
「そっかそっかー、頑張れよー。俺も平日の部活休みの日は放課後遊びに来るからキャッチボールしような」
ただしくんが天の頭を撫でた。思考を吸い取ってる気配はしない。むっ。何で私の時ばっかり。
「ごちそうさまでした!」
ただしくんの食器も一緒に流しに持っていって、天の定位置に座ってるただしくんの手を引っ張った。




