じゃあたかしちゃん、電話しよっか
「百回噛む癖。また百回噛んでたよ」
「うう、また数えてたの? だって、ちっちゃい時からずっと百回噛んでたから、今更やめるのも変な感じがして……」
「まあ食べるの遅いって言っても迷惑にはならないくらいだからいっか」
「僕お風呂入ってくるー!」
天が立ち上がって階段を走って登っていった。
「洗い物はお母さんがするから二人は遊んでなさい」
「はーい」
「ありがとうございます!」
ついているテレビはクイズ番組だった。クイズ番組は楽しいけどほとんどわからないからちょっと悔しい。
「よし、じゃあたかしちゃん、電話しよっか」
うっ、忘れてた。
そうだ、ご飯食べたら電話するって話だった。
「メモは上? 取りにいこっか」
「う、うん」
二人で立ち上がって私の部屋に行った。
机の引き出しを開けると『忠』の文字と電話番号が書かれた紙が一枚入っていた。
「おおー。大事に取ってるねえ」
「そ、そりゃあ、だって……。電話しないとだし……」
「心の準備はオッケー?」
「うう、きらなちゃん……。やっぱり今日はやめにしない?」
「えええー!」
きらなちゃんは本当にびっくりしたみたいで、目をまんまるくさせた。
「だ、だって、恥ずかしいし……」
「でもね、明日だって恥ずかしいよ? 私がいないと余計恥ずかしくない?」
「そ、それはそうだけど……」
確かに、電話をするチャンスは今日しかないかもしれない。私一人だったら電話なんてかけられないかもしれない。そう考えると今日しかないと思える。でも、でも恥ずかしいんだもん。
絶対竹達くん以外が出るもん。そしたら、なんていうのさ。なんていえばいいのさ。
「忠くんいますか?」
って聞くのが恥ずかしいんだね。ってきらなちゃんに言われた。私の周りには思考を読む人が多い気がする。
「うん、だって、下の名前で呼ぶなんて……」
「でも、忠はたかしって呼んでるでしょ?」
「うん、竹達くんはいいの。呼ばれるのはいいの。呼ぶのが恥ずかしいの」
男の子を下の名前で呼ぶなんて、本当に恥ずかしすぎる。
「じゃあ練習しよっか。電話の練習。私が練習相手になってあげる」
「え、えええ。練習って、何するの?」
「そりゃ、電話と同じように話す練習だよ」
練習したらできるだろうか……。でも、本当に今日電話しないと、いつまで経ってもしゃーくんを見せられない。早くしゃーくんを見せたい。頑張るしかない……。
うん。頑張ろう。
「う、うん。練習する。が、頑張る」
「よーし、私に任せときなさい。じゃ、たかしちゃん電話かけてきて。私でるから」
で、電話をかける。えっと……。
「ぷるるるるるる。ぷるるるるるる」
私は口で呼び出し音の真似をした。なんだかすごく恥ずかしい。私何してるんだろう。うう、恥ずかしい。けれど、きらなちゃんは真剣に電話に出てくれた。
「ガチャ。もしもし、竹達です。どちらさまですか?」
「あ、え、えっと……。た、高橋です」
「うーん、もっともごもごしないようにしたほうがいいね。やり直し!」
えええ、やり直し?
そ、そんなあ、きらなちゃんがスパルタだよう。
でもきらなちゃんの顔は変わらずで、私のぷるるを待っているようだった。きらなちゃんの手には見えない電話が見える。
「う、ぷるるるるるる。ぷるるるるるる」
「ガチャ、もしもし。竹達です。どちらさまですか?」
「えっと、高橋です。……えっと。その。あのー」
「もう! 忠くんいますか? でしょ? 忠くんいますか? ほら、言ってみ」
ううう。
「た、たた、ただ……竹達くん」
「んもう! それじゃ誰かわかんないでしょ! 竹達家に電話してるんだからみんな竹達くんなのよ!」
「そ、そうだけど……下の名前で呼ぶの恥ずかしいよう」
「何言ってんの、どうせ付き合ったら下の名前で呼ぶんだからそんなこと気にしないの!」
「ええ、つ、付き合わないよう」
もう、きらなちゃんったら冗談がすぎるよ。私が男の子と付き合うわけないよ。
「わかんないでしょ? どうせ忠はたかしちゃんのこと好きなんだから、たかしちゃんが好きになれば両思いでしょ」
「えええ、竹達くんって私のこと好きなの?」
「そりゃそうよ、好きよ。大好きよ。丸わかりよ」
ううん、絶対そんなことない。これはきらなちゃんが勝手に言ってるだけだ。それに、私のことを好きになるような男の子なんかいないもん。
そんなこと、私が一番分かってる。




