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たかしちゃん  作者: 溝端翔
プロローグ
12/211

嘘をつく時はいつも無理に笑顔を作るんだ

「たかしちゃん、着いたよ」

「え?」


 現実逃避をしているうちに眠ってしまっていたらしい。


 車は病院の広い駐車場に停まっていて、お母さんと天は車からすでに降りていた。私はよだれが垂れていないか心配してパーカーの袖でぐしぐしと口元を拭ってから慌てて車を降りた。


「ねえ、私の顔大丈夫?」

「うん。たかしちゃんは今日も可愛いわよ」

「そういうことじゃなくてっ。もう」


 車のサイドミラーで口元を確認する。よだれの跡はなく、きれいだった。私の顔は別に可愛くなんかない。


 今の正確な時間はわからないけれど、多分十七時〜十八時ごろ。太陽はもうすぐ沈みそうな位置にいて、オレンジ色の空模様の下に寂れた病院が建っていた。病院の入口は自動ドアではなく観音開きのガラスドアで重たい。壁面のペンキもぼろぼろとめくれ、剥がれ落ちている。三階建てで大きいは大きいけれど、東京の病院に比べたら小さい。

 こんな病院で人が助かるのだろうかと私は不安になった。私だったらここに入院したくない。風邪を引いても多分治してくれないと思う。


 もしかすると薮かもしれない病院の中に入ると一目散にお母さんが受付に向かっていった。どうせ時間がかかるだろうと思った私は、汚れたエメラルドグリーン色の床の上に連なって置かれた四連綴りのパイプ椅子の、背もたれも座席も破れていない綺麗な椅子を選んで座った。

 私が座るのに合わせるように、隣に天がゲームをしながら座った。


 この椅子、すごく座り心地がすごく悪い。お尻のスポンジは完全にヘタっていた。


 受付の上にあった汚れた古時計は五時四十二分を指していた。病院の入口の扉に書かれていた閉院時間は十八時だった。

 もうすぐ閉院時間だというのにも関わらずまだロビーは賑わっている。

 松葉杖をついた男の人、シルバーカーを押すお婆ちゃん、携帯電話で電話をしながら忙しそうに会計を済ましているおばさん。

 皆、体のどこかがの具合が悪くてこの病院に来たんだろう。こんな病院よりもっと良い病院に行った方がいいと思う。そういえばお婆ちゃんはどか悪くしたんだろうか。やっぱり、足かな。もしかしたら腰かもしれない。


「たかしちゃん、天ちゃん、お婆ちゃん三階の病室だって。行くわよ」


 私と天を置いて足早にお母さんはエレベーターに向かっていく。

 お母さんはいつもよりも周りが見えてなさそうで私はちょっとむっとした。


「天、行くよ」


 隣でゲームに夢中になっている天の手を引いて、お母さんの背中を追いかけた。


 お母さん、心配なんだろうな。でも、お母さんに限ってこういう時ばかり大したことがないんだもんな。

 天が滑り台から落ちた時だって、お父さんが大工仕事で怪我をして帰ってきた時だって、泣いてるのはお母さんばっかりで天もお父さんも馬鹿みたいに笑ってた。お婆ちゃんだってどうせ同室の誰かと話して笑ってるところだろう。そうだそうだ。


「母さん、大丈夫?」


 でも、病室に入った時、お婆ちゃんは笑っていなかった。


「あらあずき、来てくれてありがとうね」


 お婆ちゃんは左足を包帯でぐるぐる巻きにされて、吊るされていた。困ったような表情を隠すようにわざと大きな笑顔を作って言ってる気がした。


「たかしちゃんも天ちゃんも、遠いところからありがとねえ」

「全然。車の中で寝てたから。ぬいぐるみは作りたかったけど」


 お婆ちゃんの顔を見て、胸の奥からぐっと込み上げる何かを感じた。


 多分、お婆ちゃんは私と天に嘘を吐こうとしている。騙そうとしている。

 本当は重大な病気なのに、ただ骨折しただけで、すぐに治るだの、ちょっと倒れただけだの言うつもりなんだ。お婆ちゃんは嘘をつく時はいつも無理に笑顔を作るんだ。私は見抜いている。

 私たちにはバレていないと思っているかもしれないけれど、私にはわかる。


 私は小さい時お婆ちゃんの家で育った。四才の時に東京に引っ越すことが決まった時、お婆ちゃんが無理に作り笑いをして「寂しくないよ」と言ったことを幼心に覚えてる。その時から、私はお婆ちゃんが嘘をついていることに気づいていた。


「二人とも、ごめんね。ちょっと転んだだけなんだけどねえ。お母さんったら大袈裟にしちゃって」


 笑顔のお婆ちゃんが何かを言っているけれど、理解したくなかった。


 お婆ちゃんの大きな笑顔を理解すれば理解するほどに、お婆ちゃんの具合が悪いんだとわかってしまう。


「私、ちょっと飲み物買ってくる」


 お母さんに百円玉一枚と十円玉五枚をもらって逃げ出すように病室から走り出た。


 さっきまでお婆ちゃんが入院した事を喜んでいた自分も、名前の由来を聞いたときに死んでしまえと思った自分も馬鹿だと思った。

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