私、今は学校にはいけない
みんなで居間の机を取り囲むように座るとお母さんが真剣な表情になった。私たちはティッシュで顔をきれいに拭いた。まだ涙が浮き出てくるけれど、必死に抑え込んだ。
「綺羅名ちゃん久しぶりね。いつもたかしちゃんのことありがとう」
「いえ、全然……」
大人と喋るきらなちゃんは礼儀が正しくて、いつもと違う感じがする。
「綺羅名ちゃん。あなたのしたい事はとても分かるわ、言いたいこともすごくわかる。分かるけどね、私はたかしちゃんの親として『学校に行かないでもいい』っていう選択肢を与えてあげたの。でもね、ほんとは選択肢なんて与えずに、無理にでも、もっと早くに休ませてあげたいって思ってたの。それぐらい、私にとってたかしちゃんは大切なのよ。だから、私は今このままの生活が続けばいいと思ってるわ。学校に行かせないなんて、親としては最低かもしれない。でも、母の私が学校で起こるいじめを無くすことなんて出来ないもの。もしかしたら、たかしちゃんが学校に行かないと、代わりに他の誰かがいじめられてしまうかもしれない。でも、私の可愛い子供のためなら、私は世間の批判だとか、体裁なんて気にしないわ。その知らない子がいじめられてもいいとまで思ってる。もちろん、いじめなんて起こらないのが一番だけれど。だから、もしも、綺羅名ちゃんがたかしちゃんのことを連れ戻すためにうちに来たなら、帰ってほしいの。私はもうたかしちゃんをもう学校には行かせたくないのよ」
お母さんは泣いていた。泣きながら、大人として淡々ときらなちゃんに自分の気持ちをぶつけていた。きらなちゃんはそれを黙って聞いていた。
「それから、今は学校の時間でしょう? 先生にはここに来ることを言ったの? ちゃんと許可をもらったの?」
「いえ、先生には何も言わずに勝手に来ました」
「学校の時間に勝手に抜け出して、何も言わずにこんな所に来ちゃダメじゃないの。あなたのお母さんは、今もあなたが学校にいると思っているのよ。先生も、あなたがいなくなったらその責任を負わなければいけなくなる。今あなたは大変な事をしているのよ。いろんな人に心配をかけて、迷惑をかけているの」
「私がここに来たことで、いろんな人に迷惑をかけることになるとは思ってませんでした。ごめんなさい」
「謝るのは私にじゃないわ。後でちゃんと迷惑をかけたって思う人たちに謝っておきなさいね」
「はい。でも、でも。私にとってたかしちゃんが大切で、誰かに迷惑をかけてでも、今すぐにでも謝りたかったんです。ただ、ただ謝りたかった。辛い思いをさせない約束をしたのに、私はそれを破ってしまったんです。私が約束を破ったから、たかしちゃんが辛い思いをしてしまった。私はただ、たかしちゃんに楽しんでいてほしいんです。それから、私とずっと友達でいてほしいんです。……それはもちろん学校に来てほしいです」
「だからね、学校へは……」
「でも。学校に来なくたっていい。たかしちゃんにはたかしちゃんのやり方があるって思います。私はそれを応援したいです。学校に来なくたって、私がたかしちゃんの家に遊びに来れば一緒に遊べます。もしもどこかに一緒に遊びに行けるなら、一緒に遊びに行きたいです。でもそうじゃなくたっていいんです。私はたかしちゃんが好きです。辛い思いはしてほしくないんです。学校に来なくたって、私たちは友達です。学校に連れ戻して、いじめられる場所に連れて行こうなんて、そんなことは全く、思ってません」
「……そう。わかったわ。たかしちゃん。自分のことをこんなに思ってくれているお友達を大切にしなさいね。お母さんはこのことを学校に電話します。いいですね」
きらなちゃんはこくりと頷いた。
「きらなちゃん。私、今は学校にはいけない。怖くて、きらなちゃんがいるってわかってても、もし居なかったら、また休んじゃったらと思っちゃっていけないと思う」
「うん」
「でも、きらなちゃんと遊びたい。また遊びに来てくれる?」
「うん、遊びにきたい。今日でも、明日でも、明後日でも。毎日遊びに来たい」
「いつか、きらなちゃんのお家にも遊びに行っていい?」
「うん、遊びに来て。毎日毎日いつでも遊びに来て」
「ありがとう。きらなちゃん」
「たかしちゃん。あのね。お節介の蹴人のことだから、もう聞いてると思うけど、私、麗夏のことがあったから、たかしちゃんに声をかけたの。声をかけようって思ったの。今度はいじめられている人を助けられるんじゃないか。ううん、今助けることで、あの時助けられなかった私の心の傷が癒えるんじゃないかって。たかしちゃんをちゃんと助けて、自分の心の傷を癒そうってそう思って。すごくひどい理由だと思う。でも今たかしちゃんを好きな気持ちは本物なの。こんな、こんなずるい私でも、本当にいい?」
「うん。私なんて、きらなちゃんのこと、最初は不良だと思って無視してた。無視って何もしてないように見えて、人を傷つけるような酷いことなんだって思った。きらなちゃんは酷い人じゃないよ。酷いのは私。酷い上に、学校にも行かないなんて」
「そんなことないよ。怖かったら声が出ない時だってあるもん。無視じゃない、返事ができない人だっているんだよ。たかしちゃんは酷い人じゃないよ。酷いのは私だから」
「ううん、私の方が酷い」
「そんなことない、私のほうが酷いんだよ」
「はいはい、どっちも酷いし、どっちも酷くない。これで終わり」
どっちが酷いか競争をしている私ときらなちゃんの間にお母さんが割り込んできた。
「あのね、あなたたちは子供なんだから間違えることだってあるの。むしろ間違って、正解を知って成長するの。私たち大人だって同じなんだから。目の前のことを楽しんで生きていればいいのよ。酷くても酷くなくても。人を傷つけても、後悔をして、その後どうすればいいか考えればそれでいいのよ」
「はい」
二人で、礼儀正しく返事をした。
「綺羅名ちゃん。学校に連絡をしたら、うちまであなたのお母さんが車で迎えに来ることになりました。次からはこんな無茶したらダメだからね」
「はい」
「きらなちゃん、ありがとうね」
お母さんはきらなちゃんの頭をぎゅっと抱きしめた。
ちょっと羨ましいなあと思っていたら、お母さんは笑って私の頭も抱きしめた。