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たかしちゃん  作者: 溝端翔
たかしちゃんと日向芽有
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暖かくて、とても幸せで、悲しかった

 はぁ。


 お母さんにはずっと嘘をつかないといけないのかな。


 お母さんと話すだけで、心が痛くなる。今週だけで大丈夫かな。そうならいいな。きっときらなちゃんが帰ってきたらいじめをあの勢いで撃退してくれるもん。日向さんたちなんてきっと近寄ってさえこないんだ。


 部屋に戻って私は宿題をした。英語と数学から出ていて、英語から片付けた。


 学校行くの嫌だなぁ……。


 宿題を終わらせて、大好きな裁縫をしているのにちっとも楽しくない。それどころか今日飲まされたおしっこのことを思い出して吐きそうになる。二日も連続で吐いたらお母さんはきっと心配しすぎて救急車を読んでしまうだろう。絶対に吐くことはできない。気持ち悪い感覚をグッと無理やり飲み込んだ。


 全然手につかなくてしゃーくんを作るのも途中で放り出して布団を被った。静かな部屋に響くシーンという音に耳を塞いで、嫌な事を思い出さないようにいろんな楽しかった事を思い返した。

 楽しかったきらなちゃんと遊んだ事、綺麗に可愛くぬいぐるみが作れた時の事、可愛い文房具や靴を買ってもらった事……。

 文房具、靴。だめだ。どうしても考えてしまう。思い出してしまう。


 私の靴の片方はどこに行ってしまったんだろう。


 壁の向こうって言ってたな。私は涙を流しながら眠った。心のどこかでもう明日学校を休みたいと思っていたけれど、こんな時にまた夢を見た。

 夢はとても楽しい夢で、お母さんも、おばあちゃんも、きらなちゃんも、竹達くんも、雲藤先生も私を助けてくれて、日向さんたちがいじめをやめる夢だった。


 ちょっと前にもこういう事があったけど、今日の私の心は全く動かなかった。こんなに楽しくなるのは夢の中でだからだと思った。


 楽しい夢を見たって学校に行きたくないのは変わらない。


 きらなちゃんもここちゃんも、阿瀬くんも竹達くんも縫合くんも。お母さんだってお父さんだって、もう誰も助けてくれない、ううん、違う。助けてくれないんじゃない。私のことなんて助けられないんだ。何をどうしたって、いじめなんてなくすことはできない。この世界で、私が生きるには学校を休むしかないんだ。


 でも、多分、お母さんもお父さんもそれを許してくれない。学校は行かなければいけない所だから。行かなければいけないから義務教育なんだ。名前に義務ってついている。そんなものこの世を探してもなかなか見つからない。私は他に義務ってついている言葉を知らない。それくらいに行かないとだめなところなんだ。

 何にも無いのに休んだらきっと雲藤先生が家に来るんだ。そしたら私を連れて学校に行くんだ。学校に行ったらまたいじめられる。今度は何を飲まされるかわからない、どこを触られるかわからない。何を切られるかわからない。私の考えには及ばないような事を日向さんたちはするんだ。


 考えても、どれだけ考えても逃げる道が見つからない。時間は待ってはくれない。


「たかしちゃーん。起きてるー?」


 下からお母さんが呼んでいる。お母さんに相談すればわかってくれるだろうか……。でも、お母さんに解決できるような事じゃない。お婆ちゃんも、お父さんも、もちろん天になんかは絶対無理だ。


「お姉ちゃん! 朝だよ!」

「わかってるよ」


 天が勢いよく入ってきたから返事をした。


「ん? お姉ちゃんなんか変!」


 そういって戸をしめて下に降りていった。天が引き戸を閉めていった。私はすこしびっくりした。


「天、どうしたんだろう。違う、おかしいのは私の方か」


 天がノックしなかったのを怒らなかった。天が変だって言ったのはそのせいかもしれない。


 ふふふ、変なのは私だ。あーあ、全部バレちゃったかもしれない。お母さんにももうバレてるのかもしれない。


 あーあ。学校なんて行きたくないなぁ。


 私はずっと、ベットの脇に座っていた。一階の玄関から『いってきまーす!』という天の大きな声が聞こえた。


 もうそんな時間かあ。


 着替えないとなあ。


 準備しないとなあ。


 そういえば、昨日、ご飯食べなかったなあ。お腹すいたなあ。


 涙が頬を伝って手の上に落ちた。


 泣いてるんだ、私。そうか、泣いてるんだ。なんでだろう。そりゃあ、辛いからだろうなあ。あんなにいっぱい辛いことがあったんだもん。楽しいことだっていっぱいあった。でも、辛いことの方が多くて、それで、辛いんだ。髪を切られたんだよ。おしっこを飲まされたんだよ。そんな辛いこと、今まで経験したことない。


 学校に行かなきゃいけないのに、足が動かない。手も動かない。だめだ。もう限界なんだ。


 私は部屋の天井の隅を見つめながら静かに泣いた。


「たかしちゃん……。大丈夫?」


 お母さんが心配そうに引き戸をすこしだけ開けて覗いていた。


 私は返事をしなかった。


 ゆっくりと引き戸を開けて、お母さんがこれまたゆっくりと入ってきた。


「ふぅ……」


 お母さんは私の前で、深呼吸をして、私をゆっくりと抱きしめた。お母さんの温もりを感じる。


 暖かくて、とても幸せで、悲しかった。

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