ちょっとじっとしてよ、切りにくいでしょ
これを、飲めば良いんだ。
ここにいる時点で、私はもう逃げることも、抵抗することも出来ないんだ。自分の意志でこの汚いものを飲む以外、道はないんだ。
だってこの六人には勝てないんだもん。
この場から逃げることも、家に逃げ帰ることも出来ない。この状況を乗り越えるには、飲む以外選択肢なんてないんだ。飲みさえすれば私は痛いこともされず、家に帰れるんだ。そっか、頑張るってそう言うことなんだ。
それに、昨日飲んだものを、もう一度飲むなんて簡単な事なんじゃないかな。さっきだって飲まされるなら飲もうって思ってたもん。でも今日のおしっこは男の子のものだ。そう考えると気持ち悪いけどたったそれだけの事だ。
女の子か、男の子かの違いだ。
私がちょっと頑張れば、友達ができたんだ。ほんのちょっと頑張れば、お母さんもおばあちゃんも喜んでくれるんだ。頑張って飲めば、幸せになれるんだ。
日向さんたちも、私のことを友達だと言ってくれたんだ。
酷いことをしてくるけど、でも、きっとこれは私のためにしてくれている事なんだ。
そっか。
じゃあ、私、頑張らないとな。
「あっははは」
「まじ?」
「汚ねえー」
私はゆっくりとコップを口に運んで中に注がれた黄色い液体を飲んだ。もう私にはこうするしか道はなかった。飲んで飲んで、飲み干した。
知らない、今日初めて会った男の子のおしっこを、私は自分の意志で飲んだ。
ううん、飲まされた。さっきまで出ていた涙も完全に止まっていた。
「おえええ」
短髪の男の子が盛大に吐いた。気持ち悪いのはこっちなのに、なんで彼が吐いているんだろう。訳がわからない。吐きたいのは私だ。
「あは、ちょうどいいじゃん、これ食って」
日向さんは私の持っているコップを奪い取って、床から少し嘔吐物を掬った。
「これ、食べて」
「…………」
私は何も言わずに食べた。胃液の匂いと消化された何かの匂いが鼻をついて、私も盛大に吐いた。
「ゴホッ、オホッ」
「きったね、ありえねえ。吐きやがった! ていうか、私こんなことしたいんじゃなかったんだよね、今日のメインイベントだよ」
そういって、日向さんはカバンの下に走っていって、ゴソゴソと何かを探してから、戻ってきた。その手には、大きな裁ち鋏が握られていた。
「うん、嵐央と圭、たかしちゃん抑えて。動けないようにね」
「うええ、吐いちゃったよ」
昨日と違って男の子に両腕を掴まれる。こんなの、逃げられるわけがない。
日向さんは何をするつもりなの?
私をそのハサミで殺すつもり?
「大丈夫大丈夫、殺さないから。と言ってもー、髪は女の命だっけ。そう言う意味では殺すことになっちゃうんだけどね」
日向さんが、私の後ろに回って、私の髪を持った。
「それでは。いっきまーす!」
やめて!
ジャキっと言う音を立てた。
やめて……やめて。
頭を振って、抵抗する。だけど日向さんは髪を掴んではジャキリと切る。
「ちょっとじっとしてよ、切りにくいでしょ」
ジャキジャキジャキとどんどんと私の髪の毛を切っていく。目に見えて頭が軽くなるのがわかる。かなり短く切られているみたいだった。
「ほーら、短い髪も似合うねえ。可愛い可愛い」
日向さんは私の髪の束を持って、私の眼の前でバラバラと落とした。
「メアリちゃん、ちょっとやりすぎじゃ」
「これ流石にバレるんじゃ……」
「いいのいいの、これはたかしちゃんが自分で切ったんだよ。ね? 私たちは関係ないもの。 あ、二人とも、もう離していいよ」
日向さんは私にそうやって言い聞かせた。これは、誰にも言うなってことだって思った。二人は日向さんの声を聞いて、私の腕を解放した。二人は少し困った顔をしていた。髪を触ると、肩ほどの長さになっていた。
「大丈夫よ。イメチェンよね? リボンも似合うと思うわ。って、あのリボンは破れちゃったんだっけ。はいこれ、たかしちゃんのよね」
日向さんは私に私の髪を切ったハサミを手渡した。私はそれを受け取るしかなかった。




