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第六話 臆病な魔将軍と子どもたち

 そこは人類圏にあるそこそこ大きな街――、魔族軍の幹部であるあたしは、今日も魔王の命によってしたくもない仕事をこなしていた。


???「はあ――」


 その時もあたしはため息をつく。あたしの耳には、あたしが操る木偶たちに抗う人間どもの――、その悲鳴や怒号が聞こえてくる。


???(なんであたしはここに居るんだろうね?)


 魔族故に人間に憎しみを持つ? 冗談じゃない――、あたしはもともと魔界の森林地帯に、母様と静かに暮らしていたのだ。

 それを無理やり戦争に駆り出したのは、今のあの【狂った魔王】だ。

 あたしは――、あたしの母様は、上質の木偶を短期間に多く生み出し、それに強力な力を付与することに長けた術師魔族だった。

 それを戦力的に取り込むために――、魔王は母様をあたしの目前で殺して……。

 母様の技術を受け継いでいたあたしといえば、命が惜しくて母様を殺した魔王に土下座して、命を救う代わりに()()()に仲間にして頂いた。

 まあ――、数ある魔将軍の中で、あたしの階級が最底辺なのは、裏切る可能性を予測したものだろう。まあ、はっきり言ってそんな心配などする必要などないのに。


???「あたしの今日の命のために……、死んでね? 君たち……」


 あたしは自分の命のために、母親の死に様すら見ないふりした女だ……、そんなあたしに裏切る要素がどこにあるというのだろう?

 人間達の断末魔を聞きながらあたしはまたため息を付く。いくら人間だとて、人を殺すなんて――、本当はもう……。


 そのすぐ後……、彼女――、呪霊将軍・ドゥフトボルケは勇者パーティによる戦闘介入を受ける。

 そしてそのまま敗走し……、彼女の後の運命を決定づける()()()()()を迎えるのである。



◆◇◆



 その日、魔王城の応接室にて、勇者はガルンテルと二人で話し合いをしていた。


ガルンテル「ふむ? 魔界再生事業への魔族側の協力者がほしいと?」

勇者「ああ……、もし出来るなら、アンタが一番なんだが……」


 その勇者の言葉に、ガルンテルはため息を付いて答えた。


ガルンテル「儂は無理だろう? 儂としても魔界再生は急務だと考えてはいるが――、おそらく周りが、儂が関わることを拒否する」

勇者「む……」

ガルンテル「下手に儂が関わると……、魔界再生事業そのものに傷がつく恐れがある。……無論、隠れて手助けぐらいは出来るが……」

勇者「表立っては……、不可能か?」

ガルンテル「ああ……」


 勇者とガルンテルは、全く同じように腕を組んで考え込む。ふとガルンテルが小さく頷いて勇者に言った。


ガルンテル「ふむ……勇者よ、ならば適度にカリスマがあって、適度にかつての魔王軍に関わったがゆえに顔が広い――、役に立つ女がいたのを覚えているか?」

勇者「ん? ……あ!」


 ガルンテルはニヤリと笑ってその名を口にした。


ガルンテル「呪霊将軍・ドゥフトボルケ……。全魔将軍の中で()()()()()()()()()()()()――、最後は魔王軍から逃げた者たちの受け皿にもなったあの女だ」

勇者「ああ……、いたなそんなの」

ガルンテル「がははは! ()()()()呼ばわりは、あの女も目を吊り上げて怒るぞ?」


 笑うガルンテルに笑顔を返して、勇者は現在その彼女が住んでいるであろう住処の場所を思い浮かべた。

 ――早速訪問をしなければならない。



◆◇◆



 魔界に多く広がる森林地帯――、特にここラベルナ森林は魔術に使える材料が多く採れることでも有名である。

 そして、そこに住む魔物たちも比較的大人しめであり、周辺の集落における各魔術材料の採取場所として、多くの術師魔族が通っていた。

 その場所の現在の主であり、管理者を務めているのは、元は魔王軍に所属していたドゥフトボルケと言う名の魔女である。

 現在、48歳になる彼女ではあるが、その容貌は、耳が尖った黒髪に黒い瞳のだいたい20代後半の人間の女性に見える。

 その日も、助手であり信頼する部下である魔女リリィに執務を任せて、自分は研究室に籠もって新たな自動人形の製作を行っていた。


???「母様!!」


 不意に研究室に、()()()()()()()()()()、おそらくは14歳程度と思われる人間の娘が駆け込んできた。その慌てた様子を不審に思いながらも、ドゥフトボルケはため息を付いて()()()()に声をかけた。


ドゥフトボルケ「こら……、ローザ、あんたあたしの人形製作中は研究室に入るなって……」

ローザ「それが……、大変なのよ母様! たった今、勇者様がいらっしゃって……」

ドゥフトボルケ「ん? ……ゆうしゃ? ――! 勇者?!」


 そう素っ頓狂な声を上げてから、ローザと共に慌てて研究室を出るドゥフトボルケ。

 屋敷を表へと疾走る彼女の目前に、子どものような無邪気な笑顔を浮かべた勇者が見えた。


ドゥフトボルケ「勇者……様?! なんで?」

勇者「ははは! 久しぶり……、()()()()

ドゥフトボルケ「く……、その呼び名はやめて――。とりあえず勇者様? なんでいきなり?」

勇者「ああ……、実はドゥフトボルケに頼みたいことが出来て……な」

ドゥフトボルケ「頼みたいこと?」


 その言葉にドゥフトボルケはなぜか頬を染める。ローザはその様子に、少し意地悪そうな笑顔を向けた。


ローザ「まあ……母様、こんなところで立ち話もなんだし――、奥に入ってもらおうよ」

ドゥフトボルケ「え? あ……そうだね」


 ローザのその言葉に、ドゥフトボルケは今初めて気づいたかのように慌てて、勇者を招いて屋敷の奥へと歩いていった。

 

 そして――、その屋敷の応接室へと勇者を招いたドゥフトボルケは隣にローザを置いて、勇者が今回自分を尋ねてきた経緯を聞いたのである。

 その内容を聞いて、ドゥフトボルケは困惑の表情を勇者に向けて、ローザは心底嬉しそうな表情を浮かべた。


ドゥフトボルケ「え……、あたしを魔界再生事業政務官に? 魔王城に招きたいって?」

ローザ「……」

勇者「ああ……、政務官の仕事的に考えて、自分の仕事に専念できず不便が出るかもしれないんで――、断られても仕方がないと思うけど」

ドゥフトボルケ「……それは、確かに」


 勇者の語る話を受ける場合、ドゥフトボルケが魔界再生事業の政務官――、要するに暫定政府の魔界側における最高幹部に就任するという事で、彼女の現在の仕事がほぼできなくなる可能性が高いと思われる。それ故に少し戸惑いながら――、彼女は言葉を発しようとした。それを目ざとく見つけて、ローザは急いで我が義理母の腕を掴んで部屋の隅へと強引に連れてゆく。

 そのいきなりな行動に勇者は困惑して首を傾げる。それを横目で見ながらローザはドゥフトボルケに耳打ちした。


ローザ「母様……、何断ろうとしてるんです?!」

ドゥフトボルケ「え? だって……今の仕事――」

ローザ「母様! もう! せっかく勇者様の御側に行けるチャンスでしょうに!」

ドゥフトボルケ「え?! 何言ってるの?!」

ローザ「……母様! 娘の私が知らないと思ったんですか?」

ドゥフトボルケ「え?」

ローザ「はあ……。母様――、あの日、勇者様と出会い――、もちろんそれは最悪な出会いだったけど、それから勇者様の旅路の手伝いをして……、母様は勇者様のことを……」

ドゥフトボルケ「う……」

ローザ「でも……、母様は色々臆病で……、自分は元々敵であるし、年齢差も……とか言い訳して、結局想いを伝えられずそのまま別れて、今では勇者様の旅の思い出に出てくる、()()()()()()()()()()程度の認識しか貰えていない」

ドゥフトボルケ「……うう」


 そのローザの言葉に少し涙目になるドゥフトボルケ。


ローザ「勇者様は、現在、奥さんが四人もいるわけですし――、あのレイ様だってその一人なんだから。今更元々敵だからとか――、変に臆病になる必要ないでしょう?」

ドゥフトボルケ「……それは」

ローザ「母様……、勇者様が好きじゃないんですか?!」


 その言葉にドゥフトボルケは俯いて暫く考える。そうしてから頼もしい義理娘ローザに笑顔を向けた。

 ローザは満足そうに頷いて――、そしてかつてを思い出す。


 あまりに臆病で……、自分の命を守るために他人の命を見捨て、そして奪っていた一人の魔将軍が――、

 ――全てを捨ててまで自分を守ろうとしてくれた()()()の事を。



◆◇◆



ドゥフトボルケ「はあ……、はあ……、く、なんて強さだ――、勇者? まさかあたしの前に現れるなんて」


 ドゥフトボルケはその身に小さくない傷を受けて、よろめく足でひたすら見知らぬ街の路地裏を逃げていた。

 自分の操る木偶を全て破壊され……、その勇者の剣による死を受け入れかけた時、緊急避難的な瞬間移動を使用してドゥフトボルケは敵前逃亡を果たしていた。

 しかし、勇者の剣はあまりに鋭く、瞬間移動が起動するあの一瞬でドゥフトボルケに致命傷に近い傷を与えていた。


ドゥフトボルケ「はあ……、ここは、多分あたしが襲った街の、そのさっきの場所から離れた位置なんだろうけど――」


 暗く汚い路地が視界に広がり……、そこがお世辞にも衛生的でない場所である事実を理解する。

 おそらくはある程度大きな街にはつきものの、いわゆる貧民街や、スラム……、などという場所なのだろう。


ドゥフトボルケ「はあ……、か、くそ……こんな、ところで?」


 ドフトボルケは血を流しすぎていた。それ故に意識が遠くなり始める。

 あまりにあまりな現実――。尊敬した母を見殺しにして繋いだ命は、こんな場所で終わりを告げるのだと、ドゥフトボルケは後悔しながら歩みを止めて、そして壁を背にしてその場に座り込んだ。


ドゥフトボルケ「ははは……、あたしにふさわしい末路だね――。母様……ごめん……、あたし、怖くて――、助かりたくて――、うう……」


 ドゥフトボルケはただ子どものように、血と涙で顔をぐちゃぐちゃにして泣く。意識が遠のき……、自分の最後を自覚した。

 ふと――、どこからか声が聞こえてきた。それは子どもが発するような声で――。


???「この人……、魔族」

???「お姉ちゃん……、どうするの?」

???「ちょっと? ローザ姉? まさか」

ローザ「エリン、マイナ……、この人を私達の家に――。手術の準備よ……」

エリン「ちょっと……、魔族だよ?!」

マイナ「……そもそも、ローザ姉、母様の助手はしてても……、初めてでしょ?」

ローザ「……死にかけてるのに魔族も人間もない。母様の言葉を忘れないで――。それに、この人……」

エリン&マイナ「……」


 その一連の言葉は、その時のドゥフトボルケにはほとんど届いてはいなかった。――しかし、その言葉が、自分を生かそうとする者の、意志ある言葉であることだけは理解できた。


ドゥフトボルケ「ろー、……ざ?」


 ドゥフトボルケはそのまま意識を闇に没して――、そして、その先に彼女の後の人生を変える――、


 ――()()()()()が待つのである。



◆◇◆



●ドゥフトボルケ/年齢:48歳/性別:女挿絵(By みてみん)

クラス:術師魔族Lv65

能力値:かなり高い知識魔法系と、ある程度高い運動能力を両立している。

スキル:魔術的自動人形(=木偶)製作・操作、戦術魔法、移動魔法、制御魔法、魔化魔法、等

解説:

 少し皮肉屋ではあるが本来は心優しい性格の大人の女性。死を恐れており、かつては必要ならば土下座すら辞さない、心の弱い部分もあった。でも現在は――。

 現在48歳になる若作り魔女(=術師魔族)。魔術的自動人形(=木偶)を操る操作術師であり、多少は魔法戦闘も可能である。

 黒髪黒い瞳で耳が尖った、外見年齢は二十代後半である、物憂げな雰囲気のエルフ耳美女。

 臆病で魔王の命令に逆らえず、人類圏を侵略する適当な尖兵として扱われていたが――、後に【魔王を真っ先に裏切った魔将軍】という称号を得るに至る。

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