第五話 コドモな最強魔族とお人好し勇者
レイ「ははははははは!! ゆくぞ!! 勇者よ!!」
その時、レイは全身から凄まじい魔力を吹き出し、それを手にする巨大魔鎌へと収束していた。
巨大魔鎌が赤黒く変色して、更に血液が流れているかのように真紅の光線が無数に走り始める。
勇者「く……」
現在、長剣を構える勇者の目前に在って、絶望的な魔力を放出しているのは、勇者を滅ぼすべく生み出された対勇者決戦兵器――、人造魔族【レイ】である。
それは各種戦闘魔族の組織を合成して生み出された肉体をベースに、勇者のクラスを解析して得た【改造加護】を付与した存在であり、本来勇者のみが扱えるはずの【断界魔法】を扱うことすら出来た。さらに言えば、各種戦闘系クラスの中でも強力な【スキル】――、本来は一人一つしか所持できないはずの【リミットブレイク】を複数標準装備しているのも特徴であり、その純粋な戦闘能力は、クラスLvが格上でありさらに能力値すら上位であるはずの勇者をして苦戦するほどのものであった。
――契約名=レイ。
――クラス定義=戦闘魔族。
――改造コード介入、追加スキル=リミットブレイク。
――スクリプトブートアップ。
レイ「勇者よ!! 貴様を塵一つ残らぬほど消し飛ばしてくれるわ!!」
勇者(くそ!! ――マズイ!!)
レイ「リミットブレイク!! ――断、界、竜、斬!!」
膨大な魔力を纏った巨大魔鎌が、それを持つレイの小柄な身体からは想像もできない超高速で縦に振り抜かれる。
その瞬間、空気や大地だけでなく、明確に空間すら分断されて――、周囲数kmにまで響く轟音と衝撃波が発生した。
ズドン!!
その周辺の地面が揺れて、生えていた木々が吹き飛んでゆく。
あまりの威力に、勇者やレイから離れた位置にいたアンネミリアとクーネリアですら、地面に伏せてやり過ごすことしか出来なかった。
しばらく後――、轟音と衝撃波が収まると、レイの目前の地面が底が見えないほどの深さで裂けて、その裂け目周辺は赤熱し煙をあげているのが見えた。
レイ「きゃははは!! おう!! 娘二人――、生きておるか?! 貴様らが死ぬと、勇者が儂と遊んでくれなくなるからのぉ!! 勝手に死ぬなよ」
それはまるで――、今の技を食らっても勇者なら生きているであろう――、そういう意味に聞こえた。
そして、それは確かに正解であり。
勇者「技が大振りだ!!」
レイ「じゃろうな!!」
レイの背後に現れた勇者の言葉に、見ることもなくレイは楽しげに答える。
次の瞬間、両者の間に十数撃もの斬撃が打ち合わされる。その応酬によって、両者ともに小さくない傷を負って、――そして鮮血が舞い散った。
レイ「ははははは!! 痛いぞ!! ――流石じゃ!!」
勇者「ち……!!」
レイ「楽しいのぉ!! 勇者ぁ!!」
勇者「――こっちは楽しくない!!」
――と、不意に魔剣グランバスターを手にしたクーネリアが、レイの背後へと現れてそれを横に凪ぐ。
しかし、その不意打ちを初めから知っていたかのように回避したレイは、クーネリアへ向かって高速の蹴りを放った。
ドン!!
クーネリアはレイの蹴りをモロに食らって、数百m後方へとすっ飛んでゆく。
衝撃音と土煙が上がり、クーネリアはその場で昏倒していた。
レイ「遊びの邪魔をするでないわ――、雑魚めが」
勇者「クーネ!!」
レイ「ははは!! 心配せんでも手加減はしたぞ!! 死んではおらぬさ」
睨み合う二人を見ながらアンネミリアはクーネリアのもとへと走り、彼女へ治癒魔法をかけた。
アンネ「勇者様――」
アンネミリアは心配そうに勇者とレイを見る。ここ数日幾度も、この小さな魔族に襲撃されて、なんとか撃退するを繰り返しているのだ。
連日の襲撃に、三人には疲労がたまり始め、スタミナの化け物である勇者はまだしも、自分やクーネリアは全力を出せない状態になっている。
そのアンネミリアの心配を他所に、レイは楽しそうに勇者と斬り結ぶ。そして、周辺が夜闇におちた頃に笑いながら去ってゆくのだった。
◆◇◆
魔界某所――、造魔研究所にて。
???「いい加減にしたらどうだ?」
レイ「はん? なんのことじゃ? レパード」
レイは、苦渋に顔を歪める造魔師レパードの方を見ること無くそう答える。
レパード「いつまで遊んでいるのだ?! 何のために私が貴様を生み出したのか……、少しは理解したほうがいいぞ」
レイ「は……、勇者を殺すこと――、それが儂の存在意義――、そういいたいのじゃろ?」
レパード「ならば……」
レイ「魔王様は、勇者を殺す事に期限は設けておらんかったろうが」
その言葉に更に顔を歪めてレパードは言う。
レパード「屁理屈を言うな……、貴様のその適当な行動で、こちらはどれだけ肩身の狭い思いをしていると……」
レイ「ははははは!! どうでも良いわ!! それが儂になにか関係あるのか?」
レパード「貴様……」
レイ「は? 儂に何ぞ文句があるのか? 言うことを聞かせたかったら力尽くで来たらどうじゃ?」
レパード「く……」
レイの言葉にレパードは憎々しげに顔を歪める。レイはそれを気にすることもなく、あくびをしながらその場を去っていった。
その背後を睨むレパードに、不意に声が聞こえてきた。
魔王「ふ……、子供相手に手こずっておるようだな?」
レパード「……ま、魔王様?!」
脳に直接響くその声は、確かに魔王その人の声であった。
レパード「申し訳有りません。あの造魔に……、下手に自我を与えたのが間違いでありました」
魔王「いや……、間違いではないさ。自我がないと、プログラムされた行動しか取れぬ、ただのカカシにしかならんからな」
レパード「しかし……」
魔王「……例の【勇者】クラスを解析したデータは組み込んであろう?」
レパード「はあ……、それは間違いなく」
魔王「ならば……、もうそろそろ我自ら仕上げをしてやろう」
その魔王の言葉にレパードは首を傾げる。
――勇者、そしてレイに、一つの試練が起ころうとしていた。
◆◇◆
そして今日も勇者たちの前にレイが出現する。
勇者はいつものように自分だけでレイの相手をするべく、アンネミリアとクーネリアに後退するよう促した。
アンネ「勇者様……」
クーネ「本当にこのまま一人で……」
勇者「まあ……、アイツは多分大丈夫だ――」
娘二人が下がってゆくのを確認したレイは楽しそうに笑いながら勇者の目前へと降り立つ。
その楽しそうな笑顔を見ながら、勇者は呆れ顔でレイに言った。
勇者「ほんっとうにシツコイなお前……」
レイ「ははは!! 当然であろうが! 今日も楽しく遊ぼうではないか!!」
その言葉を聞いて、勇者がため息混じりで言った。
勇者「はあ……、これまでお前と戦ってきて、やっと理解したぜ――」
レイ「は? 何がじゃ?」
勇者「お前はただのコドモだってことが……だよ」
その勇者の言葉に少し怒りの表情を見せるレイ。
レイ「はあ?! 儂がコドモ?!」
勇者「そうだ……、そもそも俺を殺したいなら、一緒に居る仲間を人質にするなり、いくらでもやりようは在るだろうに……。初めの時の俺との約束を律儀に守ってる」
レイ「……む」
勇者「いや……、しかし、それは約束を守ってるってことじゃない……、お前は俺と【本当の意味で遊びたい】……、ただそれだけなんだろ?」
レイは怒り顔でそれに答える。
レイ「は……、ふざけるではないわ! そこにいる雑魚どもなど、後で殺そうと思えば殺せる――、そもそもが、勇者――、貴様、儂が貴様との戦いで手を抜いておると思っておるのか?!」
勇者「それは……、確かに殺意マシマシではあるが――。なんか違うんだよ」
レイ「何が違うと――」
勇者は少し笑うとレイの言葉に答えを返した。
勇者「じゃあ、なんでお前――、現在進行系で律儀に俺と話をしてるんだ?」
レイ「むう……」
勇者「俺の勝手な予想だし……、そもそもがお前の正確な年齢も知らないから、本当に正しいかはわからんが。お前にとって、――俺は初めて全力で【遊ぶ】ことの出来る者なんだろ?」
レイは勇者のその言葉に黙り込む。沈黙こそが、その言葉の正しさを証明していた。
勇者「やめだ、やめ……、こんなんで殺し合いなんか出来るかよ」
レイ「ふざけるな!! 儂は……」
アンネ&クーネ「あ!」
――と、その時、離れて様子を見ていたアンネミリアとクーネリアが青い顔で叫んだ。
勇者は何事かを察して、レイが現れた空の先を見た。
――そこにソレがいた――。
勇者「!! ――魔王?!」
レイ「は? 何をバカな――」
困惑の表情で空を見上げるレイは、すぐに顔を強張らせる。
空に――、膨大な魔力を纏った魔王が出現していた。
レイ「魔王……さま?」
魔王「……ふむ、仲良くなったようで何よりだ……、造魔」
勇者「――?!」
魔王はなんとも満足そうな表情でレイを見下ろしている。そしてそれは多分に嘲笑も含まれており……。
レイ「な、なぜここに?」
魔王「最後の仕上げと……、楽しい見世物を見に来たのだ」
レイ「は?」
魔王は不意にレイに向かって手のひらを向けた。そして――、
魔王「そら……、その力を示すが良い」
魔王は、そう静かにレイに向かって告げる。その瞬間、レイの体がビクリと跳ねて、――そして頭を抱えて叫び始めた。
レイ「があああああああああああああああああああああああああ!!」
勇者「?! 何を?!」
アンネ「――勇者様!!」
魔法適正の高いアンネミリアが状況を真っ先に理解する。慌てて勇者に向かって叫ぶ。
アンネ「勇者様――すぐに離れてください!! 貴方とそこの彼女と――、魔力共振が始まっています!!」
クーネ「?! なにそれ姉様?」
アンネ「説明してる暇はないわ!! ――早く勇者様!!」
アンネミリアは勇者に向かって声の限り叫ぶ。
アンネ「早く!! 離れて!! ――離れないと貴方は……」
勇者「……!!」
勇者はその時になってやっと、自分の身に大きな変化が起きていることに気づく。そしてレイを見て――、魔王を見て、全てを理解した。
眼の前のレイが自分と同じ【断界魔法】が扱えることは知っていた。
――もしそれが自分の【特異加護】のデータを利用して、生み出された【改造スキル】によるものなら……。
魔王「ぎゃはははははははは!! 今から逃げてもいいぞ勇者? それでもある程度のダメージは貴様に与える事はできよう。少なくとも一ヶ月は身動きできぬだろうし、その間に我自ら貴様の命を断つことは容易いだろうし、な」
勇者「おまえ!!」
魔王の嘲笑が勇者に突き刺さる。その間にもレイは、全身を引き裂く苦痛に絶叫するしかなかった。
レイ「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
そうなって初めてレイは理解した。自分が生まれた意味は――、この時、この瞬間のため――。
全く同一の【スキル】を持ち、それによって魔力波長もほぼ同じである勇者とレイは、ほんの少しの手間を加えて片方を魔力暴走させれば、共振現象によってもう片方も暴走が起こるのだ。そうして――、魔力暴走を引き起こして魂から存在自体を砕く――、そのための起爆装置、それこそがレイ――、自分なのだと――。
レイ(ま、おう――、おのれ……)
魔王「ぎゃははははははははははははははははははははははは!! 最高の見世物だああ!! はははははははははははははははは!!」
レイ(は……、なんと、わしは、お、ろか、な)
レイは無限に続くかと思える苦痛の中で叫びながら――、一筋の涙を流す。
おそらく勇者は既に逃げたであろう――、そうしなければ自分は確実に死ぬのだから。
だからレイはこのまま孤独に死ぬのだと――、そう思いながら目を瞑った。
勇者「しっかりしろ!! レイ!!」
レイ「――!!」
勇者「意識を保て!! 奴の思惑に乗ってんじゃねえ!!」
何故か勇者が自分の体を抱きしめて叫んでいた。その瞬間、わずかながら魔力暴走が小さくなっていった。
しかし――、それでも空間に吹き上がる断界魔法の魔力が、世界の構造を歪め引き裂いてゆく。
勇者「レイ!!」
魔王「はははははははははは!! そうだな勇者!! 心底愚かしいお人好しな貴様ならばそう動くと思っていたぞ!!」
レイ「あ……」
魔王「そのままもろとも死ね!!」
魔王の嘲笑がレイに届き――、そしてレイは顔を歪めて、勇者に向かって渾身の蹴りを放った。
ドン!
レイ「この痴れ者が!! この儂に触れるでないわ――!!」
勇者「ご……!!」
凄まじい勢いで飛ばされる勇者――、その目には、涙を流し微笑むレイの顔が映っていた。
魔王「ぬ?!」
レイ「ははははははは!! ざまあみろ魔王が!! 儂は……、貴様の思惑になど乗らぬわぁ!!」
その瞬間、レイの周りの空間が裂けてゆく――、そして、その中にレイは堕ちていった。
その光景を地面に突っ伏して見ることしか出来ない勇者。その耳に、ただ一つの言葉だけが残った。
――勇者よ……、お前との遊び、楽しかったぞ。
◆◇◆
あれからどれだけ経ったのだろうか?
上下左右もなく、五感すら機能しない――、そんな絶望の中をレイは漂っていた。
時間を知るすべもなく、ただ混沌の波に乗って漂うしかないレイは、無限に続く孤独感と、このままここから逃れることが叶わないという絶望が、その心を砕こうとしていた。
レイ「だれか……」
言葉を喋っても返っては来ない。
レイ「助けて……」
殺し合いは怖くはなかった――、大抵の場合自分が勝つし、そもそも殺し合いを恐れる感覚が薄い。
でも――、
レイ「ゆ、う……」
ここに来てレイは、心の奥底から湧き上がる絶望と恐怖がその精神を蝕み始めていた。
レイ(儂は――、なにもないこの無限の牢獄で、いつまで漂っておらねばならぬ?)
レイ「……うう」
もう嫌だ――、誰かと話がしたい。
時間の進みもわからず、ただ無を感じるだけの世界がレイにとっては何より恐ろしかった。
レイ「助けて……、お願い」
涙を流しても、それが落ちて溜まる場所すらここにはなく。
ただ無限に広がる空間だけが、レイに絶対的な絶望というものを教える。
レイ「助けて……、助けてよ、一人は嫌だよ……、あああああああ……」
でも――レイにはわかるのだ。この世にレイを超えるクラスの断界魔法を扱えるものはおらず。
それはすなわち――、自分は永遠にここにいなければならないということで……。
レイ(そうじゃ……、ならば死ねばいい。死ねば――この苦しみから逃れることが……)
その時のレイは、欠片の希望も見いだせず――、ただ死だけが救いに見えていた。
レイ「……うう」
レイはただ泣くことしか出来ない。永遠に続く無の地獄で――、その心も擦り切れ始め――。
???「あ~~、お前、こんな所にいたのか?」
不意に男性の声が聞こえてきた。レイは驚いてそちらを見る。
そこに、五感が利かず見えないはずの勇者の姿が見えた。
勇者「どこで泣いてるかと……、探してたが――、やっと見つけた」
レイ「貴様――なんで?」
勇者「ん? だから言ったろ? 泣き声が聞こえたから――」
レイ「儂を――助けに来た? なぜ? 儂はお前の敵じゃぞ?」
勇者「――あん時、お前に助けられたし……」
レイ「……儂を助ければ――、また同じことが」
勇者「は? そんな思惑なんかに誰が二度と乗るかよ――、俺がどうにかするさ」
レイ「……」
ただ黙って勇者を見つめるレイの頭に勇者の手が触れる。
勇者「大丈夫?」
レイ「頭を気安く撫でるでないわ……、死にたいのか」
勇者「はは……元気そうだな。とりあえずここから出ようぜ」
レイ「は? 儂は敵だと言ったろうが……、それも貴様以外では相手が出来ぬレベルの……」
勇者「まあ、でも泣いてたし――」
勇者のその言葉に顔を怒らせてレイは言う。
レイ「く……、さっきのは忘れろ!! 誰かにバラしたら殺す!!」
勇者「そんなに寂しかったのか?」
レイ「く!! 殺す!! 貴様は殺す!!」
勇者「ははは――、お前って結構――」
レイ「く――、バカじゃ!! 此奴は本当のバカじゃ!! 敵に向かって【可愛い】言うな!!」
勇者は笑いながらレイに向かって手を出してくる。それを見てレイは小さくため息を付いてその手を握り返した。
レイ(悔しいが――、儂は此奴が現れた時、何よりも嬉しかった。――心が満たされた。ああ――、馬鹿め、わかっておるわ)
レイ「おい――、お前、いや……勇者殿、一応は助けられた形、その借りは返さんとな――」
まったく素直ではない彼女は――、そう言い訳して勇者に本格的に纏わりつくことに決めた。




