黒蟻女王、城塞都市を消し飛ばされる
翌朝、一夜で攻め落とした城塞都市はアリが跋扈する地獄絵図と化していた。
道を歩いていた者、家で寝ていたもの、刃向かってきた者関係なくアリにとっては等しく餌に過ぎない。その殆どが生死問わず囚われの身となり巣の中へと引きずり込まれていった。
現在は家の奥で息を潜める生き残りを探し回りつつ木材や石材、食材や物資を巣の中へと運んでいる最中だ。主に巣の補強や特殊な個体を生み出す素材に活用する。この城塞都市はかなりの規模だったからもうホクホクだわな。
「ねえ。蟻塚にしたいんだけど、駄目なの?」
「駄目」
しかしこの命令にイヴォンヌは真っ先に反対してきた。彼女はわざわざ地中の巣に運び込むんじゃなくて城塞都市そのものを巣にしちゃえばいいと考えたからだ。巣穴を掘った分の土がたんまりあるから、城塞都市を埋めて蟻塚にしたかったようだ。
「いいじゃないの。ケチ」
「ケチで結構。それより、指示通り正午までに作業は終わらせてワーカーを全部撤収させてよね」
「いいけれど、ちゃんと理由を教えて頂戴」
「いや、妾の杞憂に終わったらそれでいいんだ。でももし魔導王国側が決断を下してきたら、もたもたするのはヤバい」
本当なら夜明けまでまでに城塞都市を無人にしたかったんだけど、さすがに妥協した。城塞都市の陥落は魔導王国側に既に知られていると思っていいから、ここまで来たら時間との勝負なんだよなぁ。
イヴォンヌも妾が冗談でもなんでもなく真剣なのを受け取ってくれたようで、シロアリ達に作業を急がせる。動員出来るターマイトワーカー全てで地上、地中両面からどんどん運び出していった。
そして、妾の心配は現実のものとなった。
正午近く、だいたいの撤収作業が済みつつあった時刻、城塞都市の上空が突如として光り輝いた。そして、巨大な光が城塞都市へと降り注いだのだ。それが破壊光線の一種だと分かった時には爆風がはるか遠くから眺めていた妾達にも襲いかかった。
「やっぱりこうなったか……!」
「な、何が起こったの……!?」
「魔導王国って言うぐらいだから大規模な術式による戦略兵器を持ってるって想定してたから、案の定だな」
「戦略兵器……!」
ようやく激しい風が収まったので周囲を窺ったら木々がなぎ倒されて所々で火の手が上がっていた。妾達の縄張りから遠いからいいけれどこりゃあ森が回復するのに長い年月が必要そうだなぁ。植林でもしてやるかぁ?
そして、肝心の城塞都市は跡形も無くなっていた。もっと詳細に語るなら、城塞都市があった場所を中心として巨大なクレーターが出来ていた。人間の営みの跡、まだ残っていたワーカー、それらが全て吹っ飛ばされたのだ。
「占領されたからって城塞都市ごと消し飛ばそうとしてきたの……?」
「まだ生き残りがいるかも分からないのに容赦がないなぁ」
「……軍団長の言った通りにしてなかったらとんだ被害を出していたわね」
「慎重になるのは決して悪いことじゃないさ」
容赦なく切り捨てる選択を出来る魔導王国、実に厄介だな。
■(第三者視点)■
魔導王国は魔の森に生息し始めた巨大なアリの魔物はさして脅威とみなしていなかった。それが突如として隣接する城塞都市を攻め落としたとの情報がもたらされると皆して大騒ぎした。
「直ちに救援部隊を差し向けましょう!」
「いや、今から行っても間に合うまい。それより周辺都市に非常事態宣言を出して防衛体制を整えないと!」
「手ぬるい! 虫けらの分際で楯突いた報いを受けさせるべきだ!」
急遽開かれた元老院の会議では様々な意見が飛び交った。魔王軍の脅威がなくなって三年もの年月は彼ら……いや、魔導王国の者達に油断を生み出した。寝耳に水、彼らの反応を物語るのならその表現がぴたりと当てはまるだろう。
突如降り掛かった災厄への対処がまとまらずに議論だけが飛び交う中で、次第に元老院議員の注目は中央の席にいる少女へと集まっていく。会議中少女はただ黙って議論の成り行きを見守るばかりだったが、次第に埒が明かないと悟ると軽くため息を漏らした。
「静粛に」
少女の一言で議会は沈黙に支配される。
少女は凛とした眼差しで一同を見据えた。
「イレイザーキャノンを使用し、敵を殲滅します」
その一言で議場は騒然とした。
「で、殿下! お言葉ですがイレイザーキャノンは魔王軍が全面戦争を仕掛けてきた際の切り札、戦略兵器です!」
「もはやあの都市は魔物に占領されてしまっています。生存者の救出は絶望的でしょう。魔窟と化す前に焼き払うべきでしょう。防衛大臣、発射までどれぐらいかかるかしら?」
「本日正午までには準備が整います」
「ではイレイザーキャノンを発射し、並行して討伐軍を編成。もはやこの蛮行は見過ごせません、アリを一匹たりとも残さず根絶やしにしましょう」
少女、魔導王国の第二王女の発言は命令ではない。あくまで国の意思決定は元老院による議決に基づく。しかし大いなる指針にはなる。次第に元老院議員達もそれほどのことをするべきだとの意見に傾いていく。
結果、賛成多数により王女の意見が採用され、戦略兵器が火を噴くことになった。