黒蟻女王、城塞都市を攻め滅ぼす
いかに魔導王国とはいえ飛空艇は製造の手間と費用がかかりすぎてまだ一般流通していない。であれば、向こうのアレは多分城のお偉いさんの脱出用だろうなぁ。今の状況だと地上から脱出するのは無理だし、懸命な判断だろう。
「冗談じゃないでしょう。あんなので逃げられたら私達には追えないわよ」
「今から塔を這わせてソルジャーを向かわせても間に合わないな。よし、離陸する前に捕まえてしまおう」
「やっぱりそうなるのね。羽アリはまだ育成中だから、私達でやるの?」
「それしかないでしょう」
妾とイヴォンヌはそれぞれ羽を羽ばたかせて浮かび上がり、今にも飛び立とうとしている飛空艇へと飛び立った。飛空艇もようやく離陸、大空へ向かって出発進行。段々と加速していくけれど、まだ妾達の方が速い。
はい、捕まえたー、と。妾は飛空艇の前面窓にへばりつき、イヴォンヌは右側面にへばりついた。こうなってしまったら飛空艇なんてただの空を飛ぶ棺桶だわな。妾は腕をふるって遠慮なく前面窓のガラスを叩き割り、中へと侵入する。
「ひ、ひいいっ!?」
綺羅びやかな衣服を纏った肥え太った中年の男が悲鳴を上げて尻餅をついた。人間の美的感覚で語るならそれなり美しい貴婦人が腰を抜かして中年男にすがりつく。二人の子らしき少年少女が逃げ惑うけれど、もう逃げ場は無いよ。
騎士二名が勇敢……いや、無謀にも剣を抜いてこちらに突撃してきた。妾が手で剣の腹を殴ったら剣が折れた。もう一人は蹴り飛ばしたら勢いあまって窓から外へ吹っ飛んでいった。あーあ。餌が減っちゃった。
「ご機嫌麗しゅう、辺境伯閣下」
「た、助けてくれ! 金ならある! この都市も譲ろう! それとも欲しいのは食料か!? 儂の権限で奴隷をいくらでも融通するから……!」
「あー、別に恵んでもらう必要は無いんだわ。自然発生する魔物で充分事足りてるからさ。妾としては現状維持でも良かったんだけどねー」
「だ、だったら何故……!?」
「騒ぎを持ち込んだのはそっち。悪いけどこっちの平穏を脅かす連中には容赦はしないって決めてるんだ」
直後、イヴォンヌが側面窓を破って中に入ってきた。部屋の片隅でガタガタ震えていた子供二人を両手でそれぞれ捕まえて、大きく開いた口で頭から齧り付いた。子供の絶叫が響き渡るのも束の間。いい音を立てて小さな頭部が破砕する。
妾はその間に辺境伯達に接近、まずは貴婦人の首を捩じ上げた。これが一番肉と血液が新鮮に保てる殺し方なんでね。妾はイヴォンヌと違って暴飲暴食はしないタチなんだけど、ちょっとぐらいのつまみ食いならするぞ。
「あら、軍団長。随分と上品に処理するじゃない。どうせこの飛空艇から魔石を頂戴して墜落させるんでしょう? 持ち出せる餌だって限られてるじゃないの」
「あいにく妾の胃袋がそこまで受け付けないんでね。妾は一人で充分だから他は食べたけりゃあ勝手にどうぞ」
「そ。じゃあ遠慮なくいただきまぁす」
「や、やめろやめあがががががが!」
イヴォンヌは辺境伯の喉に大アゴを突き立てて血をすすりだした。妾はその間に貴婦人の胸と腹を貪って腹を満たす。いつもなら骨までしゃぶりつくぐらい丁寧に食べ尽くすんだが、先にイヴォンヌが言った通り飛空艇から持ち出せる肉は限られてるからね。これぐらいの贅沢は女王の特権ということで許してもらおう。
さて、ひとしきり満足したところで運転室後ろの扉を開いて機関室に入った。部屋の中央には大きな風の魔石が輝きながら力を飛空艇に流し続けている。妾は胃液を吐いて機器を腐食させて機能停止させ、風の魔石を取り出した。
「イヴォンヌ。物は手に入れた。早く脱出しよう」
「了解。こっちの準備も出来てるわ」
妾は風の魔石と餌一体、イヴォンヌは餌二体を抱えて飛空艇を脱出した。動力と制御を失った飛空艇は真っ逆さまに墜落していき地面に激突。爆破炎上した。夜中の大地を炎が明るく照らす。
妾とイヴォンヌはゆっくりと地面に着地。すかさずやってきたターマイトワーカーとワーカーアントに餌と魔石を預けた。そのついでに城塞都市を陥落させたとの報告を聞いた。今は都市内の生き残りを虱潰しに探してる最中とのこと。
「あーあ。とうとうやっちゃったー。もう後戻り出来ないー」
「なに、じゃあ軍団長は辺鄙な土地の森の奥で慎ましく生活し続けるつもりだったの?」
「分かってないなぁ。人間が都会の生活に疲れて田舎暮らしを満喫するのと同じなんだって」
「そんなのは女王を引退してから勝手にやりなさいよ。私の目の黒いうちはそんな悠々自適な日々は送らせないわよ」
分かってるって。一応デモンアントの真女王としての自覚はあるさ。
勇者一行の一人が来た段階でもう引き返せなくなったんだ。
なら突き進むだけだ。
「あー、これから大変だぁ」
妾はアリの巣窟と化した城塞都市を眺めながら独りごちた。