黒蟻女王、帰還しても休めない
「何故? 魔導王国は人類圏屈指の強国。他国に攻め入られても退けられる軍事力があるわ。加えて貴女達が加勢すればこの大陸の土を踏ませやしませんわ」
「そう自分達の力を驕った末に魔王様は討たれただろうがよ。他ならない勇者フェリクスとその一行によってな」
「っ……!」
「どんな思惑で勇者一行を追放するだなんて馬鹿げた決定が下されたのか妾は知らんけど、人類連合の決定なんだろ? ならそれを覆すには連中を黙らせるほどの脅威を示さにゃいかんのじゃないか? それこそかつての魔王軍みたいにな」
魔王様が討たれた現状、各大陸の魔王軍残党の戦局は芳しくない。このまま指を加えて眺めていたらいずれ長い期間をかけて掃討されてしまうだろう。そうなれば折角この大陸で安息の地を築き上げたとしてもそのうち攻め込まれる未来が目に見えている。そうなれば最後、三年前の魔王城のような結末を迎えるのは確実だ。
「つまり、大陸の外に出ての侵略が不可欠だと言いたいのかしら?」
「姫さんが政治的交渉で各国の妥協を引き出せるんなら話は別だけどな」
「……難しいですわね。どうしてか分からないのだけれど、嫌にフェリクス様方に恐れ怯えているような国も見受けられましたし」
「じゃあ、やっぱ軍事作戦で黙らせるしかないなぁ。ちなみに妾ら魔王軍第三軍団が動くかは別問題だからな」
マリエットは妾に鋭い眼差しを送ることで露骨に不快感を示してくる。端正な顔立ちだとこれでも美人だとか可愛いだとか思われるんだからずるいよなぁ。真似てるだけの魔物に過ぎん妾には理解しがたい感覚だがな。
「どうしてよ? 魔王軍の一軍団を率いる軍団長ともあろう者が職務放棄?」
「軍団長だからだよ。各々で縄張り意識が強くてね。魔王様の命令なら共闘するのもやぶさかじゃないんだが、もう妾らの上に立つ存在はいない。だから担当範囲外に手を出すのは気が進まないんだよ」
「それは魔王女の私が命じても、かしら?」
「魔王女や魔王子に妾らへの命令権は無いぞ。姫さんが魔王を名乗って他の軍団長が認めるなら話は別だろうけどね」
と、事実を言ってやってから後悔した。
そう言えば魔王って魔王様亡き今空席じゃんか、って。
魔王とは血統や強さでは決まらず、皆から畏怖されて自然に呼ばれる称号。
つまり、魔王を自称する分には別に制約なんか無いわけだから……。
「なら、この私が魔王になればいいんでしょう?」
魔王女たるマリエットが名乗ったっていいわけだな。
これを想定しないまま口走った自分の迂闊さを呪うばかりだ。
妾は思わず目元を覆って天を仰いだ。
「言っとくが、妾は魔王様だからこそ従ったんであって姫さんが魔王になったからって部下になってやる義理は無いんだが?」
「あら、私には分かりますわ。そうやって部外者気取っていても貴女は必ず渦中に巻き込まれる、ってね」
「おい止めろ馬鹿。言霊って概念を知らないのかよ? 何でも言葉にすると力を持って因果律に影響を及ぼすんだとよ」
「あら、じゃあ尚更言っておかないといけないじゃないの」
考えたくないんだがなぁ。そんな波乱万丈な未来は!
どの道これから撤収してすぐの挙兵は無理だ。魔導王国との戦いで兵站になる水と餌が足りないし、兵隊アリの頭数もだいぶ減ってしまった。外に打って出るならこの大陸を守る数はそれなりに残さなきゃいけないから、下準備に結構時間がかかる。
まあ、無茶すればそれなりに侵攻出来るとは思うんだが、そうしたらしたで派遣先にいるだろう魔王軍残党がうるさいだろうしなぁ。マリエットが魔王を名乗るつもりなら連中の説得は彼女に全部押し付ければ何とかなるかぁ?
まあいい。そんな先の話を考えるのは後だ後!
とにかく今の妾は猛烈に休みたい! 十分働いたからなぁ!
てなわけで、妾らは帰らせてもらうぞ!
「じゃあ、達者でな。もう金輪際関わらないで済むことを願おう」
「約束は出来ませんわね。近いうちに、またね」
「やなこった! あっかんべー、だ!」
「あはっ! そんな人間臭い仕草、どこで覚えたか教えてちょうだいな」
こうして妾ら魔王軍第三軍団は魔導王国の首都から引き上げた。
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さて、ではその後の話をしよう。
王太女ティファニーは大人しくしていた魔王軍第三軍団を刺激して戦争を巻き起こした挙げ句、身勝手な理由でいたずらに被害を増やした罪、いわば此度の戦争の戦犯として罰せられた。魔導師として最も不名誉とされる砲殺によって。ちなみに砲殺とは大砲で狙撃される処刑法で、死体は跡形もなく破砕する。
勇者一行の追放を撤回、それは勇者一行が魔導王国にやってきても人類連合には引き渡さずに保護することを意味する。これは明らかに人類連合への離反であり、当然ながら発表後に各国から非難の声が上がったという。
しかしその後の発表は全世界を震撼させた。
魔導王国は魔王軍に降伏し、その勢力下に入る。
マリエットは新たな魔導王国女王アニエスとしてそのように宣言したのだ。
各地は魔王軍残党の掃討作戦を進めていてとある地域では完全に平和が戻っていた中での凶報。魔導王国という列強が陥落したことが相当衝撃だったようだ。多くの国が魔王軍の再侵略に大慌てで備えだしているそうな。
そのうえでマリエットは雷撃勇者フェリクスを保護したことも公言した。当然複数の国から引き渡すように要求を受けたそうだが、マリエットは突っぱねた。何なら世界を敵に回しても魔王を討ち果たした功労者である勇者一行を追放するなどという理不尽な決定に断固抗議する、と宣告してのけたのだった。
最も勢いに乗っている魔王軍残党である妾ら第三軍団を討伐するために、再び人類連合軍が結成されて大軍を派遣されるのは時間の問題だろう。巣の中で子らの繁殖を見届けてのんびり過ごす日々は当分の間お預けするしかあるまい。
しかし、そんなのは所詮些事に過ぎない。
帰還した妾に届けられたとんでもない報告に比べればなぁ。
「軍団長! エルフの大森林は残すところ世界樹近辺を残すところまで侵略したのデース! さ、じゃあトドメの総攻撃を一緒にかけに行くノーネ!」
おいィ!? うちの部下は何してくれてるんだよぉ!
妾はつかの間すら休めんのかいな。
これで第1章は終わりです。
ストック切れたので続きの第1.5章から連載ペース落とします。ご了承下さい。




