黒蟻女王、帰らせてもらえない
「けっ。お熱いこって。じゃあ妾らが魔導王国を攻める必要無かったじゃんか。時間と労力を返せってんだ」
「意味はあったでしょうよ。魔導王国は魔王軍に組み込まれた。掌握したマリエットが堂々と好き放題出来るじゃないの」
「他の軍団が攻め滅ぼした国では人間を餌にしたり奴隷としてこき使ったりしてるけれど、魔導王国はどうするつもりなんだ? 主権はぶんどらなかったしさ」
「少なくともフェリクスが嫌悪するような真似はしないでしょう。案外これまでと同じように統治するかもね」
「父と姉を失った悲劇の第二王女が元老院議長として頑張るって筋書き? うっわ、魔王女様は悪女だなぁ」
「悪女は褒め言葉よ。あの娘にとってはね」
まあいい。魔導王国との条約は締結したし、ティファニーが暴走したからって無効になるわけじゃない。つまり魔王軍第三軍団としての軍事作戦は終わったわけで、妾がここにいなくてもいいな。これ以上マリエットにもフェリクスにも付き合ってられないしな。うん。
「よし、じゃあ帰るか」
「そうね」
妾とイヴォンヌは音を立てないようそっと部屋を後にした。二人の世界に入ったフェリクスとマリエットがこっちに気付いたかは知らないけど、特に何も言ってくることはなかった……だったら良かったのになぁ。
「ちょっと待ちなさいロザリー」
ちょうど扉を閉めようとしていた矢先、マリエットが妾に声を投げかけてきた。このまま聞こえないふりしてやろうかと脳裏によぎったものの、深い溜め息を漏らしながら観念して振り向く。
マリエットが悪い笑顔を見せながら妾を見つめてきていた。そしてフェリクスから離れてこちらへと歩み寄ってくると、袖ならぬ指を摘んでいかにも可愛い子が困ったふうな表情を浮かべてこちらを見上げてくる。
「勝者として元老院で演説してくださる? お願い(はぁと」
顔を引き攣らせながら妾はイヴォンヌを見やった。彼女は諦めなさいとばかりに視線をそらして手を振ってくる。この薄情者と大声をあげたかったが不満はかろうじて飲み込んで、代わりに天を仰いだ。
「理不尽だぁ」
□□□
マリエットは魔導王国の文官数名を引き連れて王宮内を進んでいた。後ろにフェリクス、イヴォンヌ、そして妾と続く。
さすがに王宮にいる人間全員を洗脳してるわけじゃないらしく、魔物の妾やイヴォンヌの姿を見て悲鳴をあげる使用人や槍の矛先を向けてくる衛兵もいた。しかし第二王女アニエスに扮するマリエットと同行している状況で現実を思い知り、悔しさと悲しさを我慢しきれない様子だった。すなわち、魔導王国が魔王軍に屈したのだと。
「それで、演説とか言ってたけど何を喋らせたいんだよ?」
「魔導王国をどうするつもりなのか。その考えを述べていただければいいですよ」
マリエットは再びアニエスの演技を初めた。妾は魔王城での彼女を知らんので何も気にならないけど、イヴォンヌ曰く吐き気を催すほどに違和感が凄まじいらしい。そんだけ言われるなんて魔王城ではどんな感じだったんだよ、と思わんでもないけど、知らんほうがよさそうだなこれは。
議場では元老院議員全員が待機していた。皆一様に緊張したり落ち着かない様子で、魔導王国の未来を左右する妾達魔王軍との会談の結果を心配していたらしい。なのでマリエット扮するアニエスが姿を見せたら皆一様に安堵したり喜んだりしたものだが、直後の妾達の登場に全員度肝を抜かれたようだった。
「静粛に。魔王軍との会談は無事終わりました。その説明をした後に魔王軍第三軍団長より今後魔導王国をどう扱うかを語ってもらいます」
え、妾が喋らないといけないの? 妾じゃなくたって寵姫だったイヴォンヌでも……やっぱ駄目? えー、超面倒くせえ。あー、しょうがないなぁ。何喋るか今のうちに考えとくかぁ。
「まず、私共魔導王国は魔王軍傘下に入りますが、主権は認めてもらえることになりました」
この言葉に始まったマリエットの説明は妾の要求とティファニーの要望を上手く要約出来ていた。少なくとも魔王軍によって虐殺されたり奴隷としてこき使われる悪夢は避けられたことに元老院議員一同は安堵した様子だった。
しかし、彼らからする寛大な処置に対して逆に疑心暗鬼になったようだった。あまりにも三年前まで世界中を蹂躙した他の軍団と扱いが異なっていたからだ。中には女子供だろうと残らず根絶やしにされた国もあったようだから。
成程、だからマリエットは妾自らに語ってほしいのか。
魔導王国をどう扱うのか、をな。
納得したところでマリエットに促されて妾は発言台へと登った。どいつもこいつも妾がどんな演説をするのか固唾をのんで見守ってくる。ここで「鏖殺です!」と爆弾発言するのも面白そうだが、後で面倒くさいことにしかならなそうなので自重だ。
「妾は魔王軍第三軍団長を務める者だ。皆からはロザリーと呼ばれておる」




